GPSは方向音痴を悪化させる
あなたは方向音痴でしょうか。私は人並み程度に方向音痴ですが「必ず間違った方向に角を曲がる」ことで有名な先輩と一緒にいると、私ったらずいぶん地図が読めるのね、と思える程度には方向はわかります。とはいえ、最近では地図を読むこともめっきりと減り、もっぱらスマホの地図アプリやカーナビ、つまりGPSに頼って移動するようになりました。地図アプリやカーナビの性能も昔よりぐっと良くなりましたし、自分も移動はGPS頼りだよ、という方もきっとたくさんいらっしゃることでしょう。
ところでそのGPS利用、あなたの方向音痴を悪化させますよ、と言われたらどう思われますか? GPSを使ってい ると、それに注意が向いて、周りの地理情報を読み取る量が減ってしまう、というのは、日常生活でもなんとなくお気づきのことでしょう。とはいえ、これは方向音痴かどうか、つまり自分自身のスキルとはちょっと違う話です。
ユタ大学のルジンスキー氏らは、バーチャルリアリティ空間で道を「歩かせ」て、周りの目標物をどのくらい記憶・把握できるかを調べました。すると、普段からGPSをよく使う人ほど、新しい道を「歩いた」ときに、目標物がどこにあったかをうまく記憶・把握できていなかったというのです※1。この効果は、もともと方向音痴な人ほどGPSを使いがちであるという事実を考慮してもなお有効でした。
これには、頭の中で物体をぐるぐる回したらどうなるかを想像する(メンタルローテーション)スキル、いわゆる空間認知スキルが関連していました。道がわからないからGPSを使うのに、GPSを使う頻度が高くなると空間認知スキルが低くなり、空間認知スキルが下がるからさらに新しい道が覚えられなくなる、という悪循環があるようです。
写真を撮ると記憶から消える
GPSに限らず、ふだん自分で行っていた認知活動をなにかに丸投げすることによって、元々の認知スキルが低下してしまうケースはいくつか報告されています。そのひとつが写真です。
こちらをご覧の方も、旅行先や楽しい場面、記憶に残したいものなんかを、写真を撮って保存することがあるでしょう。ところが、写真を撮ると撮った内容が記憶から抜けてしまいやすくなるというのです。
フェアフィールド大学のヘンケル氏は、参加者に美術館ツアーに参加してもらいました。参加者は、絵画、彫刻など30の美術品の前に連れて行かれ、20秒間その美術品を見るように指示されました。その後、15個の美術品についてはそのままカメラでその美術品の写真を撮影し、残りの15個については10秒間追加で見続けました。その結果、観察しただけの美術品に比べ、写真を撮った美術品はそもそもあまり記憶に残っておらず、さらに細かい部分の記憶も悪くなっていました※2。
ヘンケル氏はさらに研究を進めます。もしかすると、写真を撮らないときには10秒間余分に観察したからよく覚えていたのかもしれない。ということで、次の研究では、観察時間は25秒に統一し、写真を撮るときには追加で時間をとることにしました。
写真を撮るために追加の観察時間が与えられたこの場合でも、写真撮影された美術品は、観察されただけの美術品に比べ、あまり記憶に残っていませんでした。写真を撮ったことで――つまり外部記憶装置に覚えておくべき情報が残っていると思うことで――見たものを忘れてしまうのですね。
ただし、写真を見返す機会があれば話は違うかもしれない、とヘンケル氏は述べています。撮った写真はそのまま眠らせずに、ぜひともたびたび復習しておきましょう。
情報がどこかにあるなら記憶から消す
丸投げで記憶が低下するといえば、メモもそのひとつのようです。コロンビア大学のスパロウ氏らは、参加者に40の文章をコンピュータに入力させました。参加者の半分は、入力した文章がコンピュータに保存されたと言われましたが、残りの半分の参加者は、入力した文章は入力後に消えると聞かされていました。
それだけ、です。自分の入力した文章が、コンピュータに残るか、消えるか。それだけで、参加者が覚えていた文章の数が違ったのです。入力後にメモが消えると信じていた参加者は、入力後にコンピュータに保存されると信じていた参加者よりも、たくさんの文章を覚えていました。そしてこれは、入力時に明示的に「文章を記憶してください」と指示された場合でも同じでした※3。
でも、これはある意味ではメモの効用とも考えられるかもしれません。どこかにメモした内容は、記憶から消えやすくなるわけですから、自分の頭で覚えておく必要のないことは、たとえばTODOリストを書き出すように、積極的にどこかにメモをしておくといいのかもしれません。
スパロウ氏はさらに、メモしておくと記憶しにくくなるように、「いつでもGoogleで検索できる」と思うと記憶しにくくなるのではと指摘し、これを「記憶におけるGoogle効果」と呼んでいます。以前、Google検索で正解した知識テストの回答を、自分が元々持っていた知識だと思い込んでしまう「Google効果」についてもご紹介しました。Googleはずいぶん人間の認知活動に影響をしているのだなぁと考えさせられます。
家計をパートナーに任せきると金融スキルが落ちる
GPSやらGoogleやら、テクノロジーに頼ると認知スキルが低下するというお話を見てきました。ただしこれはテクノロジーに限りません。身近な誰かになにかを丸投げしている場合にも、やはり関連するスキルが向上せず、ときには低下 していくことをテキサス大学のワルド氏らが示しています。
ワルド氏は、カップルにおける家計責任者と非責任者を比較しました。実は、金融スキルがあるから家計責任者になるというわけではないようで、関係初期には家計に責任を負っているかどうかで金融スキルに差はありません。ところが、関係が長くなっていくにつれ、家計責任者の金融スキルは徐々に向上していき、一方非責任者の金融スキルは向上しないか、まったく無責任でいられる場合にはむしろ金融スキルが低下していたというのです※4。
これは個人的に非常に身に覚えのあることで、毎年確定申告をしている私の確定申告スキルはメキメキ伸びているというのに、毎年ギブアップして私に確定申告を任せている夫の確定申告スキルは年々落ちていく一方です。よろしくない。よろしくないのですが、一方で、夫に頼られ、褒められるのも決して嫌いではない。最初の年に夫に確定申告を任せておけばよかったとも思いつつ、年度末には毎年書類とにらめっこしています。
参照リンク
※1. Ruginski , I. T. , Creem-Regehr , S. H. , Stefanucci , J. K. & Cashdan , E. GPS use negatively affects environmental learning through spatial transformation abilities. J. Environ. Psychol. 64 , 12–20 (2019).
※2. Henkel , L. A. Point-and-shoot memories: the influence of taking photos on memory for a museum tour. Psychol. Sci. 25 , 396–402 (2014).
※3. Sparrow , B. , Liu , J. & Wegner , D. M. Google effects on memory: cognitive consequences of having information at our fingertips. Science 333 , 776–778 (2011).
※4. Ward , A. F. & Lynch , J. G. On a Need-to-Know Basis: How the Distribution of Responsibility Between Couples Shapes Financial Literacy and Financial Outcomes. J. Consum. Res. 45 , 1013–1036 (2018).