森本 裕子

森本 裕子

(写真:ra2 studio / shutterstock

冷笑系は賢くない?斜に構える人の行動心理

SNS上のコミュニケーションでは、逆張りをしてみたり、ちょっと斜に構えて発言をしたりする人が賢く見えることがある。しかし、このような人々は本当に賢いのだろうか。

Updated by Yuko Morimoto on March, 18, 2024, 5:00 am JST

斜に構えている人は頭がいい?

人間の本性は善だと思いますか? それとも、悪だと思いますか?

突然なにを言い出したのだと思われたかもしれません。世の中には、人間の本性は善であると考える人もいれば、人間の本性は悪であり、一見善良そうに見える行動でも、その究極の動機は自分のため、つまり利己心であって、人間というのは利己心を満たすためならばなんだってするんだよ、と考える人もいます。今回お話ししたいのは、人間の本性が善なのか悪なのかということそのものではなく、むしろこの「ある人が、人間の本性を善だと思っているか、悪だと思っているか」についてです。

人間の行動の動機づけは利己心であって心からの善意なんてものはないのだ! と考える傾向のことを、英語では Cynical と表現します。シニカルさというと、「皮肉」や「冷笑」と関連づけられがちですが、今回に限っては、「性悪説的な人間観」に近いものと考えていただいた方が適切かもしれません。もっと思い切って訳せば「斜に構えた人間観」と言ってもいいかもしれませんね。

こういった性悪説的な、あるいは斜に構えた人間観を持つ人は、どのような人なのでしょうか。たとえば、賢そうでしょうか? それともあまり賢くなさそうでしょうか? 一般に、「斜に構えた性悪説的な人間観を持つ人の方が賢そうだと思われている」ことを示したのは、ティルバーグ大学のスタヴローヴァ氏らです※1。研究参加者に、「人間は利己的ではなく愛他的である」と信じている性善説的な人の認知テストの成績と「人間は愛他的ではなく利己的である」と信じている性悪説的な人の認知テストの成績とを予測させたところ、性善説的な人の認知テストの成績よりも性悪説的な人の認知テストの成績の方が高くなるだろうと予測されていました。斜に構えた人の方がなんとなく賢そうだと思われている、ということですね。

さて、問題はここからです。斜に構えた人は、実際の認知テストでも高い点数を取れるのでしょうか。スタヴローヴァ氏は、ドイツの成人を対象に実施された全国教育パネル調査のデータを分析しました。すると認知能力が高い人ほど、また、高い教育水準の人ほど、むしろ人間の善良さを信じているという結果になっていました。さらに、ドイツ社会経済パネル調査のデータからは、斜に構えた人間観を持っていた16-18歳の男女は、数年後に受けた認知テストでの成績が低かったという結果も示されています。つまり、みんな「斜に構えた人の方が賢そう」と思っているけれど、現実には、性善説的な人の方が認知能力が高いということになります。

なぜそんなことになるのでしょうか。

他人を信頼するのはお人好しではない

シニカルさとは別の文脈ではあるのですが、ここで「一般的信頼」についてご紹介したいと思います。一般的信頼というのは心理学の専門用語で、簡単にいうと「見知らぬ人への信頼」のことを指します。会ったこともない人、あるいは今日初めて会った人を、あなたはどのくらい信頼できるでしょうか。「人間は正直だ」と思っている人は初めて会った人でも信頼できるでしょうが「人間はすぐに裏切る」と思っている人は初めて会った人を信頼するなんてとてもできないはずです。つまり、一般的信頼というのは、性善説―性悪説と、とてもよく似た概念だと言えます。

さて、他人を信頼しないタイプの方はこう考えるはずです。「初対面の人なんかを信頼したりなんかしたら、すぐに騙されちゃって大変なことになるじゃないの」と。

一般的信頼の高い人が本当に騙されやすいのかを調べたのは、北海道大学の小杉氏らです※2。小杉氏は、ある人について何も情報がないときと比べ、その人についての良い情報(たとえば、「道端のゴミを拾っていた」)や、その人についての悪い情報(たとえば、「陰で人の悪口を言っていた」)を知ったときに、その人への評価がどのように変化するかを調べました。

もちろん、何も情報がないときには、一般的信頼の高い人の方が他人を信頼します。きっと誰しも正直な行動をするだろうと信じているのですね。ところが、特定の人についての良い情報、あるいは悪い情報を得たあとには、一般的信頼の高い人の方が最初の印象を修正するということもあわせて明らかになったのです。一般的信頼の高い人は「人は一般に善良だ」と信じてはいるけれど、情報が手に入ったときにはきちんと印象を修正する、つまりむしろ騙されにくいのではないか、というのが小杉氏の研究の結論です。

面白いのはこの結果の解釈です。本当は因果関係は逆なのではないか、と小杉氏は主張します。つまり、そもそも他人の信頼情報を得たときにこれをうまく印象修正に反映できない人ほど、騙されないための予防措置として最初から「知らない人は信頼できない」と決めつけておかなければならないのではないか、と。一般的信頼が高いから騙されにくいのではなくて、騙されにくいからこそ一般的信頼を高く保てるのだ、というわけです。

これは、もしかしたら性悪説と認知能力の関係にも言えるのかも知れません。認知能力が低くて、人に騙されやすいからこそ、斜に構えた人間観を持っていた方が安全に生活できるということはありそうです。とは言え、これはまだ単なる私の直観にすぎないのですけれど。

斜に構えるのもほどほどに

斜に構えたシニカルな人については、他にも色々と研究があります。他人(シニカルな人にとっては悪者)から搾取されるのを避けるために権力を欲するけれども、実際にリーダーになれる可能性は低い※3 とか、本来信頼できるはずの他人までも信頼できないせいで協働関係がうまく築けずに所得が低い※4 とか、散々です。基本的に、シニカルだとうまくいかないという結果が多いようです。

ちなみに、これは心や人間関係の問題に限らないようで、斜に構えた人ほど健康が悪化しやすいという研究もあります※5。ちなみにその研究では、逆に健康状態の悪い人ほど時間とともに性悪説的な考え方になっていくという結果も示されていて、なかなか考えさせられます。

ところで、ここまで読んできて、書かれてあった内容を信じましたか? 信じたのであれば、あなたにはシニカル成分が足りないかも知れません。なにしろ、斜に構えた人は陰謀論を信じやすい、すなわち科学的データを信用しにくい※6 そうですから、こんな文章を安易に信じてもらっては困ります。信じなかったあなた、あなたこそが本当にシニカルな人なのかも知れませんよ。

参考文献
※1. Stavrova, O. & Ehlebracht, D. The Cynical Genius Illusion: Exploring and Debunking Lay Beliefs About Cynicism and Competence. Pers. Soc. Psychol. Bull. 45, 254–269 (2019).
※2. 小杉素子 & 山岸俊男. 一般的信頼と信頼性判断. 心理学研究 69, 349–357 (1998).
※3. Stavrova, O. , Ehlebracht, D. & Ren, D. Cynical people desire power but rarely acquire it: Exploring the role of cynicism in leadership attainment. Br. J. Psychol. (2023) doi:10.1111/bjop.12685.
※4. Stavrova, O. & Ehlebracht, D. Cynical beliefs about human nature and income: Longitudinal and cross-cultural analyses. J. Pers. Soc. Psychol. 110, 116–132 (2016).
※5. Stavrova, O. & Ehlebracht、 D. Broken Bodies, Broken Spirits: How Poor Health Contributes to A Cynical Worldview. Eur. J. Pers. 33, 52–71 (2019).
※6. de Wolff, A. C. , Spiridinova, T. & Vranjes, I. How the Cynical Minded Come to Reject Science. Preprint at http://arno.uvt.nl/show.cgi?fid=159528 (2022).