岡村 毅

岡村 毅

Calligrapher: Sugawara Mitsushige|“Universal Gateway,” Chapter 25 of the Lotus Sutra|dated 1257

(写真:メトロポリタン美術館 / The Metropolitan Museum

大きな声で朗々と、普段は使わない言葉を読み上げる。長い高齢期を有意義に生き抜くヒント

超高齢社会においては、心身の機能をできるだけ保持することが望まれる。とはいえ、誰しも苦しくて面白みのないトレーニングはしたくない。しかし実は、日本の文化に根付いたある行為が高齢者の心身を守ることにつながるかもしれないという研究結果が発表されそうなのである。精神科医の岡村毅氏が研究員に話を聞いた。

Updated by Tsuyoshi Okamura on October, 23, 2023, 5:00 am JST

気難しい人や真に孤独な人の心も癒す。読経の効果

指導役のお坊さんと参加者の皆さん

岡村 第2段階ではどんな研究をしているのですか?

枝広 一般の高齢の方に増上寺に集まっていただき、エキスパートの指導のもとでお経を唱えるというものです。週に1回、1時間程度のプログラムで、柔軟体操、週替わりの法話、般若心経を2~3回という流れを3カ月間続けてもらいます。プログラムの前後で歯科医師、歯科衛生士が口周りの機能や呼吸機能を測定して比較。心理士によるウェルビーイングの評価も行います。さらに僧侶と心理士によるインタビューも行い、どう効いたのか、何が変わったのかなどを聞きとります。

岡村 なるほど、心理的な効果も大きそうですね。

宇良 そうなんです。僧侶とペアになって話を聞いたのですが、非常に大きな主観的な効果をあげています。「はじめは知的好奇心から読経していたけれど、いつの間にか亡くなった大切な人に向かって大きな声で読経していました」という人がいました。グリーフケアの効果もあるのです。みんなで集まって、大きな声を出すということは人類の原初的な行為なのかもしれません。お寺の雰囲気もとてもよかったという声が多く聞きました。
私たちは「読経」のみの効果に注目していたのですが、お寺という場所で、僧侶の話を聞いて、みんなで取り組む、ということの効果も非常に大きいようなのです。医学的な文脈では「お寺で、みんなで集まって、講話を聴く」といった対照群を設定するべきなのかもしれませんが……そんなことをしたらあまり意味がない、研究のための研究になってしまいそうです。

岡村 このようなプログラムは特にどのような人に効果があると考えますか?

宇良:現代では社会的な孤立を予防するために「集いの場」が注目されていますよね。でもそこに来るのはもともと集うのが好きな人たちです。本当に孤独な人はなかなか来ません。特に、男性や、ちょっと気難しい人、難しい話が好きな人は集いの場でも孤立しがちです。お寺での読経は、知的好奇心を満たしますし、お互いで話をしなくてもいいですし、また空間の効果で一気に非日常な気分になれるので、普段は集わない人、人間関係があまり得意ではない人にも大いに効果があるでしょう。