私たちの研究チームは、まだ地球上にない高齢者のケアを探求している。今回紹介するのは「読経」の健康への効果を検証する研究である。仏教には只管打坐と専修念仏という2つの柱があるともいわれる。只管打坐は世界の医学者が注目する「マインドフルネス」という形で、最先端のメソッドになった。この研究は専修念仏を世界の新たな標準にするものかもしれない。
実は、読経が長い高齢期を生き抜くために高い効果を発揮するかもしれないという研究をしている。
さっそく枝広研究員(歯科医師)、宇良研究員(心理士)に話を聞いてみよう。
高齢者を守る「意味のない音の羅列」
岡村 まず、なぜ「読経」に注目したのか教えてください。
枝広 大きな病気がない場合、長生きした人は誤嚥性肺炎を起こして最期を迎えます。肺炎はずっと日本の死亡原因の第 4 位でしたが、2011年に脳血管障害を抜いて第 3 位になりました。肺炎で亡くなる方の約95%が高齢者です。そして高齢者の肺炎の大部分が誤嚥性によるものです。知っておいていただきたのは、誤嚥性肺炎はとても苦しい病態だということです。
岡村 誤嚥性肺炎を予防するために、高齢者支援の現場ではどのような取り組みが行われていますか?
枝広 代表的な例として「パタカラ体操」が挙 げられます。これは、「パ」「タ」「カ」「ラ」の4文字を大きな声で発音することで口周りの筋肉をたくさん使い、口腔機能を鍛える体操です。具体的には「パパパ」「タタタ」「パタカラパタカラ」などと意味のない音を言い続けるのです。“意味がない音の羅列”という点がとても重要で、口周りをダイナミックに動かすためには「日常語ではない言葉」であることが効果的らしいのです。
読経のエキスパートは、口の周りの機能が高い?
岡村 ああ、自分も高齢者施設に行くと、みんなでパタカラパタカラって言ってるのを見たことがあります。正直に言うと、なんか変な光景ですよね。
枝広 パタカラ体操はとてもよくできていますし、開発者を尊敬しています。ただ、意味がない音の羅列を言うだけのトレーニングは面白みがなく続かないという声もあることは事実です。そこで注目したのが読経です。お経はをあげることは我が国の文化に根付いていますし、特に指導しなくてもお仏壇の前で毎日唱える方もいらっしゃいます。しかもお経は“有難い意味がある”のに“日常語ではない音”でできています。
岡村 なるほど、読経が誤嚥性肺炎の予防に使えないかと考えているわけですね?
枝広 そのために2段階で研究をしています。第1段階では、お経をたくさん唱えている人は、実際に口周りの機能が高いのかということを検証しました。
この調査は、共同研究者である僧侶の伝手で、芝の増上寺の「式師会」の皆さんの協力を得て測定しました。実はこの方たちはただの僧侶ではありません。儀式で特別に披露するお経のエキスパートなのです。式師の皆さんの雄姿は増上寺のYouTube動画でも見ることができます。
岡村 お経のエキスパートは、やはり口の周りの機能が高かったのでしょうか。
枝広 現在、式師会僧侶と一般の僧侶を比較して解析中を進めています。投稿前なので詳細は述べられませんが、かなり興味深い結果となりました。継続した特殊なトレーニングには効果があるように思います。