人類が生み出したLLM。だが、人類はその正体をちっとも理解できていない
昨今、ChatGPTを筆頭とする、いわゆるLLM(Large Language Model)の話題がかまびすしい。人類が生まれて初めて、人間以外で「人間らしく」会話できる機械(というかアプリケーション)を手にしたのだから、無理もない。この2022年とか2023年という年は人類の歴史にとって永遠に記憶に残る年、いわばポスト○○みたいな○○に何かが入って節目となるような(「ポストコロナ」とか「ポスト冷戦」みたいな)数年になるだろう。○○の「前」 の時代には永遠に戻らない、というような。今のところ○○にどんな単語を入れればいいか、僕もまだ決めかねてはいるのだが、今日はLLMが人類にもたらすインパクトについて語りたいわけではない。もっと理学的な話、しいて言えば、科学的探求の対象としてのLLMの価値について、である。
LLMは紛うことなき人類の創生物である。人類の知性が無から生み出した存在であることは間違いない。だが、その一方、人類はLLMをちっとも理解できていない、と言ったら驚くだろうか?
ロボット工学の三原則で名高いSF作家のアシモフはロボットが登場するミステリ(いわゆる推理小説)の作家としても名を馳せた。実はアシモフには「黒後家蜘蛛の会シリーズ」という、SF作家としての名声が無くてもそれだけで十分に歴史に残れるミステリの名作シリーズがあるくらいなので、ミステリを書くことは彼にとって造作もないことだった。だが、それにしてもロボットが出てくるミステリはそのままでは成り立つのが難しい。ロボットが現場の目撃者だとしてその頭をパックリ開いたら犯行の一部始終が録画されていました、というのではミステリが成立しないからだ。この困難を乗り越えるため、アシモフはあろうことか、自らが設定したロボットの頭脳たるポジトロン頭脳を「設計者も容易にその動作原理が解らない代物」と設定した。いくらなんでも無理があるだろう(とこの小説を初めて読んだ時中学生か高校生だった僕も)と思ったものだが、現実のLLMも出来上がってみれば似た様なものになった。