完全電動バスの料金は、通常の半額
筆者が住む南インドの都市バンガロールから、150kmほど離れた都市マイスールへの長距離バスのチケットを、オンラインで探していたときのこと。通常の価格より半額ほどのバスチケットを見つけた。なぜこんなに低価格なのだろう?と思ったら、完全電動バスのよう。インドで電動バスの運用が既に開始していることに驚いた。
筆者は、2020年からバンガロールに在住しているが、街中で見かけるEV(2輪、3輪、4輪車)の数が急速に増えた印象を受ける。
様々なブランドのEVを見かけるが、その多くがインド国産のEVメーカーの車両だ。EV2輪車のシェアは、全てインド発のブラン ドで占められている。シェア1位を誇るのがOLA Electric(インド)、次いでOkinawa Autotech(インド)、Hero Electric (インド)、Ampere(インド)、OLA Electric(インド)、Ather(インド)と続く。EV4輪車でいうと、インド国内でEV4輪シェア7割を持つタタ・モーターズ(インド)、マヒンドラ(インド)、MGモーター、現代自動車(韓国)等だ。
日本を上回るインドの新車販売台数
インドの新車販売台数(乗用車と商用車)は、2022年の時点で日本を超え、中国、アメリカに次ぐ世界第3位の自動車市場になっている(2022年、インド自動車公共会の発表によれば、インドの新車販売台数は473万台、それに対し日本は420万台だった)。(※1)
EV市場の成長も急拡大している。英調査会社JATOダイナミクスによると、インドでの2023年のEVの販売台数は約9万5,000台で、乗用車の2%強に相当する。このEVの販売台数は、2022年の約2倍、21年の約6倍であり、乗用車と共にEV市場の伸びが著しい。(※2)
インドのEV普及の予想は右肩上がりで、2021年から2030年までのCAGR(年平均成長率)は約90%と推定されている。2030年には1,500億USD以上の市場になるとの予想も出た。(※3)
大気汚染のレ ベルがWHO健康基準の10倍を記録するインドの大都市
なぜ、インドではEVの普及が急速に進んでいるのだろうか。
大きな要因に深刻な大気汚染が挙げられる。空気質指数(Air Quality Index)を発表しているAQIのランキングによれば、世界で大気汚染が深刻なトップ15都市のうち13都市をインドが占めている。これらの都市では、大気汚染のレベルがWHO健康基準の10倍程となっており、インドでは大気汚染に関連した死亡者数が世界最大の年間200万人以上となっている。
工場からの排気、建設現場からの土埃、農業地帯での野焼きの煙など、インドの大気汚染には様々な要因があるが、消費者の意識には「自動車の排気ガス」は大気汚染の大きな要因の一つとして捉えられている。ゆえにその削減は喫緊の課題として認識されているのだ。
インド政府によるEV推進のための補助金政策
大気汚染への対策、成長する自動車市場、またエネルギーの自立化のため、インド中央政府は、2030年までに商用車の70%、自家用車の30%、バスの40%、2輪車と3輪車の80%のEV化を目指している。
インド政府は、2015年よりEV販売促進プログラム「FAME(Faster Adoption and Manufacturing of Electric Vehicles)」を開始し、EV購入者向けへの補助金、充電インフラ整備への予算割り当てを行っている。2019年に開始した「FAME II」(第2弾)では、2015年のスキーム実施開始当初から約20倍の額、約1,000億ルピー(約1,800億円)の予算が割り当てられ、そのうち8割ほどはEV購入者への補助金、1割ほどが充電インフラ整備に振り向けられている。
このほかインド各地の州政府も、消費者(個人、企業)へのEV購入、EV、関連 部品の製造業者への支援に力を入れている。FAMEスキームを利用して導入された電動バスは約2,600台に上るが、目標に掲げられた7,000台に向けて、さらなる補助金上乗せが進められている。
ガソリン価格の高騰がEVへの切り替えを後押し
さらに、インドのEV2輪、4輪の保有者にとって、EV購入の大きな決め手は、「ガソリン価格の高騰による、EVへのシフトによるランニングコストの低下」である。FAMEによる補助金により、購入時の車体価格はガソリン車との差は小さくなっているが、4輪車でいえば、EV4輪車はガソリン車の約2倍で、高価な買い物である。それでもEVにシフトする理由は「ガソリン代の高騰」が大きい。
インドのガソリン価格は、直近10年で最も安かった2015年頃は1リットルあたり60ルピー(当時のレートで約180円)程度だったのが、2021年6月には1リットル110ルピー程度にまで上昇している。日常的にガソリン燃料の2輪車、4輪車を使っている消費者にとっては負担が大きくなっているのだ。(※4)
一方で(地域、時期にもよるが)インドの平均的な電気料金は約6.3ルピー/kWh(約11円)で、日本の電気料金の3割〜5割くらいといえる。
ガソリン車と比べてランニングコストが低いEVへの切り替えは、魅力的な選択肢だ。実際に筆者の周りでも、費用面のメリットを考慮して、EV2輪、4輪に切り替える人が多い印象を受ける。
増える充電ステーション
インド政府は公共の場での充電ステーションの数を大幅に拡大する計画を打ち出しており、2022年7月時点で1,826基が設置済みである。2019年~2024年の間(上記に述べたFAME Ⅱスキームの期間内)に、インド国 内の主要8都市に、さらに計2,700基を設置する計画で、これが実現すると、3km×3kmの範囲に少なくとも1基が設置されることになる。また、高速道路では25km間隔で道路の両側に計1,576基を設置する計画だ。(※5)
民間企業も充電インフラ整備に取り組んでいる。インドのEV4輪シェア1位のタタ・モーターズは、EV購入者に家庭用充電器を無料で提供し、独自に公共充電ステーションの設置を進める。また、インド最大のEVインフラプロバイダーで、2017年バンガロール設立のスタートアップ「BOLT」は、インド国内で既に15000以上もの充電器を設置済み、今後2年以内に10万の充電器設置を目標としている。
体験があるから、買ってみたくなる
筆者がバンガロールで生活していて感じるのが、EVを利用した配車サービスや、(一部)公共交通機関が浸透してきていることだ。自分自身が運転しなくても、EVを身近に利用する機会が頻繁にあり、購入を検討するきっかけになるのでは、と思っている。
例えば、インド版Uberの「OLA」は、EV2輪のスピンオフ企業「Ola Electric」を展開しており、自社ブランドのEV2輪車を使った「EV2輪のバイクタクシー」のサービスを始めた。インドや東南アジアの国でよく見かける、3輪車(オートリキシャ、トゥクトゥク)の電動化も進む。筆者もEV2輪や3輪車のタクシーを利用したことがあるが、ガタガタ道の多い道路を走っても、スムーズな乗車体験であった。
インド北部グルガオン初の「Blu Smart」は、全車EVでの配車サービスを展開しており、主に空港送迎タクシーとして、都市部で広く利用されている。2023年9月時点で5,000台を稼働、2024年3月までに1万台のEV車両稼働を目指している。同社の契約ドライバーとしてEVを運転する人々は、渋滞が多いインドの都市部では特に、EVの方がストレスフリーだと話している。(※6)
EVバス、市内バス、都市間をつなぐ長距離バスの運用も急速に進む。
2023年12月時点で、インド国内には12,000台のEVバスが稼働しており、2027年までに50,000台の運用開始を目指している。2023年度のバス販売台数に対するEVバスの割合は8%と、前年度の4%の倍となった。(※7)