いい人だと思われたいとき、あいまいな返答をする
取引先との接待で「あなたはこれこれの政治問題についてどうお考えですか」なんて聞かれてしまったら、あなたはどうするでしょうか。はっきり自分の意見を言いますか? それとも「私自身は賛成ですが、反対派の意見を言う人の気持ちもわからないではないです」というふうに、穏当な意見を返しておきますか?
他人にいい印象を与えようとするとき、悪い印象を残そうとするときよりもあいまいな答えをしがちであることを示したのは、ローザンヌ大学のピロード氏らです※1。実験に参加した大学生は、アンケート用紙を渡され「回答を読んだ教員にいい印象を与えるように」あるいは「悪い印象を与えるように」回答するようにと指示されました。その上で、遺伝子組み換え作物のことを考えたときに思いつく形容詞を最大10個、また、遺伝子組み換え作物について考えたときに生じる感情について最大10個を書き出しました。
あとは、接待で取引先にいい顔をした人と同じです。教員にいい印象を与えるように指示された大学生は、あまり極端でない、つまりあいまいで穏当な形容詞や感情を回答する傾向にあったのでした。
興味深いのは、これが論争のある話題に限られるということです。論争のない話題、たとえば歯磨きについて考えたときの形容詞と感情を回答するよう求められた大学生は、むしろ「いい印象を与えたいとき」に極端な形容詞や感情を答えていました。つまり、私たちは、他人にいい印象を与えようとすると、周囲の意見がはっきりしているなら極端な回答をし、周囲の意見が定まっていないならあいまいなどっちつかずの回答をするのですね。ふむふむ、よくわかります。
ところでそれ、本当に有効なのでしょうか?
けれど、どっちつかずは嫌われる
せっかくこれまであいまいな態度で接待を乗り切ってきた人にとっては残酷なことに、あいまいな回答は誰からも好まれないという研究結果が多数報告されています。たとえば、バージニア大学のシーヴ氏らは、自分と違う意見の人が自分に寄り添った意見を追加で言ってくれたとしても、特にその分の好感度が上がるわけでもないこと、そしてなにより、自分と同じ意見の人がどっちつかずな回答をすると、その人への好感度が下がってしまうことを示しました※2。特に、自分の意見がはっきりしている人からはてきめんに好感度が落ちるのです。その人自身があいまいな態度を持っている 相手からは、どっちつかずでも好感度は落ちません。でも、そういう場合でも、決して好感度が上がるわけではなかったのでした。
不思議な話ですよね。自分が他人から好かれようと思うとどっちつかずな意見を言うのに、他人がどっちつかずな意見を言ったら、自分はその人への好感度を下げるわけです。
また、ハーバード大学のズラテフ氏らは、中絶の問題を取り上げ、強い賛成(あるいは反対)意見を表明している人と、特に意見のない人に対する評価を比べました※3。まず、自分とは反対の意見を持っている相手のことを、参加者は嫌っていました。ふむ、さもありなんという結果です。
面白いのはここからです。実験者から受け取った実際のお金を相手にどのくらい委託できるかを通じて相手への信頼度を測定する「信頼ゲーム」という経済ゲームを使って、ズラテフ氏は、強い意見を持つ人と、そうでもない人のどちらを参加者がより信用するのかを調べました。すると、中絶について特に意見のない人よりも、断固とした意見を持つ人に対して、多くのお金を預けるという結果になっていました。嫌いだけれど、信用はできる。なんだかマンガで出てくるライバルのようですね。
中立派は敵側の人間だとみなされ、さらに敵よりも嫌われる
さて、対立のある問題について、意見があいまいだったり、意見がなかったりすると好感度が下がってしまうという話を見てきました。次は、中立を演出してもダメ、という話をしたいと思います。
妻と母の意見が対立しているなか、2人から「あなたはどっちの意見に賛成するの」と聞かれ、 「いやぁどっちの意見もわかるよ」なんて中立ぶってみたりする夫がいるという話は聞いたことがあります。そしてまた、そんなふうに答えると、妻と母、両方からの評価を落としてしまうのだということも。しかし本当に評価は下がるのでしょうか?
フィラデルフィア大学のシルヴァー氏らは、群判事が中絶の合法化について聞かれたときに「この問題はすごく複雑だから、現時点でどちらの立場に立つこともできない」と答えたら、あるいは家族のバーベキューで新型コロナに対するマスク着用義務化について聞かれたときに「マスク問題は複雑だから、家族と政策について話し合いたくないんだよね」と答えたら、周りからどう思われるかを調べました※4。
このとき問題になったのは、郡判事や家族メンバーが答えたとき、それを聞いていた人たちがどういう立場だったか、でした。保守派の人が多い場所で「どちらの立場でもない」と答えた郡判事や家族メンバーは、本当はリベラルな立場なのだろうと思われ、リベラル派の人が多い場所で立場の表明を控えた郡判事や家族メンバーは、実際には保守派なのだろうと思われたのです。
ということは、です。妻と二人きりの時に、「ねえ、お義母さんにこんなこと言われたんだけど、どう思う?」と聞かれた場合、聴衆は妻派が1人ですから、「なんとも言えないなぁ」と言った瞬間に、妻に対する反対派だとみなされる可能性があります。
実際、シルヴァー氏の研究では、自分が市民の銃所持についての意見を言ったあとに、相手が「どちらの立場でもない」と返答してきたときには、明確に「あなたの意見には反対です」と 言われたときほどではないけれども、自分と反対の立場なんだと推測することが示されています。
ところで、このとき問題になるのがやはり信頼です。銃規制について自分とは反対の意見を表明してきた相手は「どちらの立場でもない」といってきた相手よりも、信頼されます。はっきり意見を言うと、立場の違いがはっきりしてしまったり、好感度が下がったりはするものの、なぜか信頼されるようにはなる、というのが、シーヴ氏の研究とシルヴァー氏の研究で共通しているところですね。
好かれたければ、具体的に
さて、最後に、特に意見の対立していない場合について調べた研究を2つ紹介してこの記事を終わりにしましょう。質問に対して具体的に答えるのと、あいまいに答えるの、どっちの評価が高くなるかという問題と、「どっちでもいいよ」はどう思われるかという問題です。
ジェームズクック大学のワン氏らは、他人の質問に対して具体的な回答をする方が好感度が高くなることを示しています※5。たとえば、次のような場面を想像してください。アメリカの中年夫婦のところに、息子のキャメロンが帰省してきました。キャメロンの祖母も含め、4人で夕食をとっています。
キャメロンの祖母:このお肉柔らかいね、何時間煮込んだの?
キャメロン:3時間くらいだよ。
キャメロンの母:あなた年収は今どのくらいなの?
キャメロン:3万ドルちょっとってとこかな。
キャメロンの父:車を売るって聞いたけど、いくらくらいになるんだ?
キャメロン:8000ドルだよ。
なんだか変なところを聞きたがる家族だなという気はしますが、上の会話でのキャメロンの回答は、「具体的」です。一方、「あいまいな回答」だと次のようになります。キャメロンの回答だけが変わっているのですが、キャメロンへの印象が違うことに気づかれるでしょうか。
キャメロンの祖母:このお肉柔らかいね、何時間煮込んだの?
キャメロン:けっこう長く煮込んだよ。
キャメロンの母:あなた年収は今どのくらいなの?
キャメロン:だいたいの事務職の人たちと同じだよ。
キャメロンの父:車を売るって聞いたけど、いくらくらいになるんだ?
キャメロン:普通の中古セダンの値段だね。
実は私はこの回答の方が好みなのですが、多くの人の平均をとると、こうしたあいまいな回答は、具体的な回答に比べて好感度を下げるという結果になっていました。これは、あいまいな回答をするのは真実を隠すためではないか、とか、社会的無関心の表れなのではないか、というように解釈されるからのようです。
なお、デートであいまいな回答をする人は、はっきり回答する人より好感度が下がる、もっとデートしたいという気持ちが失せる、ということもワン氏は示しています。ちなみに友だちとしても魅力度は下がるようで、なにも良いことはなさそうです。普段は意見が言えなくても、ここぞ!というときには自分の意見をはっきり伝えた方が、相手を繋ぎ止めることにつながるかもしれません。
デートではわがままを言った方が幸せになれる?
さて、そうしてデートに行けたとして、どのレストランにしようとか、どの映画を観ようとか、話し合うことになりますよね 。まさか「なんでもいいよ」とか「どの映画でもいいよ」なんて言っていないでしょうね?
「なんでもいいよ」を使うと好感度が下がることが、香港理工大学のキム氏らによって指摘されています※6。「なんでもいいよ」は、自分の好みを考慮せずに相手が自由に決められる状況を作っているわけだから、相手にとっても親切な提案じゃないの?と思っている人、大間違いです。キム氏によると、一緒に決めるはずの相手から「なんでもいいよ」とか「あなたの好きな方にしよう」と言われると、決めやすくなるのではなく、むしろ決めづらくなるようなのです。これは、「そう言ってても本当はこれがいいとかあるんだろうな」と推測してしまい、じゃあいったいどれを選べばいいんだ!と困ってしまうからだそうです。身に覚えのある人も多いのではないでしょうか。
その結果、任された人はなぜか自分が「好きではない」選択肢を選んでしまうということも、キム氏の研究で示されています。キム氏らの実験に参加した人たちは、まず、コメディ、アクション、ドラマ、SF、ロマンスという映画ジャンルを、自分の好きな順に並べました。もう一人の参加者と一緒に映画を観るので、あなたがジャンルを決めて欲しいと言われた参加者は、もう一人の参加者からのメッセージを受け取ります。「なんでもいいよ、君の好きなように」と書かれていると、「自分はXXX(参加者が一番好きではないジャンル)が好きだけど、でも君の好きなように」と書かれていたのと同じくらい、参加者は自分の好きではない選択肢を選んでしまったのでした。
「なんでもいい」と言ってあげたらきっと相 手はその人の一番好きな選択肢を選ぶだろう、と信じている人も多いのではないでしょうか。でも、「なんでもいい」と言うと、相手は「本当はどの選択肢が好きなんだ?」と散々迷って決められず、最終的には自分が一番好きでない選択肢を選んでしまうというのです。なんという悲劇。
ということで、みなさん、旗幟鮮明に生きてまいりましょう。え、私の立場ですか?いやぁ、意見をはっきりいう人も、穏当に表現する人も、私はどっちもいいと思うんですけどねぇ。
参考文献
※1. Pillaud, V. , Cavazza, N. & Butera, F. The social value of being ambivalent: self-presentational concerns in the expression of attitudinal ambivalence: Self-presentational concerns in the expression of attitudinal ambivalence. Pers. Soc. Psychol. Bull. 39, 1139–1151 (2013).
※2. Siev, J. J. , Philipp-Muller, A. , Durso, G. R. O. & Wegener, D. T. Endorsing both sides, pleasing neither: Ambivalent individuals face unexpected social costs in political conflicts. J. Exp. Soc. Psychol. 114, 104631 (2024).
※3. Zlatev, J. J. I May Not Agree With You, but I Trust You: Caring About Social Issues Signals Integrity. Psychol. Sci. 30, 880–892 (2019).
※4. Silver, I. & Shaw, A. When and why “staying out of it” backfires in moral and political disagreements. J. Exp. Psychol. Gen. 151、 2542–2561 (2022).
※5. Wang, D. & Ziano, I. Give Me a Straight Answer: Response Ambiguity Diminishes Likability. Pers. Soc. Psychol. Bull. 1461672231199161 (2023).
※6. Kim, N. Y. J. , Zwebner, Y. , Barasch, A. & Schrift, R. Y. You must have a preference: The impact of no-preference communication on joint decision making. J. Mark. Res. 60, 52–71 (2023).