西アフリカの農民は野生/半野生のヤマノイモを「貴族化」している
話がやや抽象的になったので、人間とヤマノイモの関係を例にとって具体的に説明していこう。前々回述べたように、バカは10種ほどのヤマノイモ属の植物を利用している。ヤマノイモ属の植物は非常に多様で、熱帯を中心として全世界に200〜600種あるとされている。種数に幅があるのは同一種が別種として記載されていることが多いとみられているからである。
ヤマノイモ属の植物には有毒のものが数多くあるが、食用になるものも多い。それらは「ヤム」ともよばれており、栽培種・野生種ふくめて100種ほどある。そのうちもっとも生産量の多い種が、西アフリカで栽培されているシロギニアヤム(Dioscorea rotundata)である。そして興味深いことに、バカの利用するヤマノイモのなかでもっとも収穫量の多いDioscorea praehensilisは、シロギニアヤムの近縁野生種なのである(遺伝学的研究によれば、おなじく近縁野生種のDioscorea abyssinicaとDioscorea praehensilisが交 雑してシロギニアヤムになったという)。したがって、バカと野生ヤマノイモの関係を動的に把握するうえで、西アフリカ農民とシロギニアヤムの関係は重要な比較対象だといえる。
シロギニアヤムの栽培では、ジャガイモのように、種子ではなく種イモを植えつける。ヤマノイモ属の植物は雌雄異株で、雌株が種子をつける。しかし、栽培されているシロギニアヤムの大部分は雄株なので、畑全体でみると種子の生産量は少なく、農民たちが畑に種子を植えることはないという。
種イモや種茎などクローンを利用して栽培する根裁作物では、一般に、種子繁殖力は消失するか、大きく減衰する。
であれば、シロギニアヤムが保持している種子繁殖力は、農民にとっ ては無用の長物であり、ドメスティケーションの過程ですでに消失しているはずのものが何らかの偶然によって残存しているだけ、ということなのだろうか。
ところが、そういうわけでもないようだ。D・G・クルゼイによれば、西アフリカの農民はennoblementとよばれる栽培技法を実践しているという。日本語に訳すならば「貴族化」とでもいえるだろうか。まず、休閑地や二次林、ときには原生林に自生している個体を採取し、専用の畑に植えつける。その個体を3~6年ほど継続して栽培すると、野生個体に特有の鋭い棘のついたひげ根が縮小したり、細く長いイモが太く短くなったりするなどして、栽培種の形質に近づいてくるというのである。こうして「貴族化」したヤムは、通常の畑で栽培種と混ぜて植えつけられるようになる。
この実践に関する遺伝学的研究によれば、「貴族化」したヤムの由来には3つのパターンがあったという。
①栽培時に収穫されず二次林に残存している栽培種(Dioscorea rotundata)
②成熟林や二次林に自生している野生種(Dioscorea praehensilis、 Dioscorea abyssinica)
③野生種(雄)と栽培種(雌)のハイブリッド
これらは同程度の比率でふくまれていたことから、「貴族化」した個体のすくなくとも三分の二(②と③のほぼすべてと①の一部)は種子から生長した個体であり、それらの遺伝子の半分以上は野生種に由来していることになる。また、農民どうしの種イモ交換をとおして、「貴族化」した個体はひろく伝播していくという。