科学的発見が「目に見えない世界や次元」への想像力をかき立てた
その後研究テーマが大きく変化し、こうした分野から離れたために、神智学そのものについて考えたり論じたりする機会がなかったが、最近久しぶりにその雄姿に再会することになった。現在欧米を中心に、西洋現代美術史、特にその抽象絵画の歴史を書き換える大事件として、最近映画まで上映された、アフ・クリント(H.av Klint)というスウェーデンの画家の件である。普通抽象絵画というと、カンジンスキー(W. Kandinsky)、モンドリ アン(P.Mondrian)といった人々が20世紀初頭に始めたもの、と公認美術史には記載されている。だがそれ以前に独創的な抽象作品を量産し、しかも諸般の理由で生前それを殆ど公開せず、遺言で死後20年は公開禁止にした人がいた。それがアフ・クリントである。2013年にスウェーデンで初の大回顧展が始まり、欧州各地に巡回して、総勢100万人以上の観客が詰めかけたという。更に2018年ニューヨーク、グッゲンハイム美術館の展覧会では、史上最高の60万人が押し寄せたというのだから、その衝撃の大きさも想像できる。
映画はフェミニスト批評的な側面も持ちつつ、アフ・クリントの変貌と、その作品を当時の周辺社会が結局受け入れなかった様子を丁寧に描いている。私の興味を引いたのは、その豊かでミステリアスな抽象的表現の最も重要な動因が前述した神智学であったという点である。彼女自身は親から先端的な科学および美術教育を受け、優秀な美術家として自立した生活をしていた。他方、ある時期から神智学、そして降霊術的な世界と交わり、それを通じて天啓をうけることで、霊的世界の探求の成果として、総数が四桁にもなる作品群が残されたのである。
彼女の中で当時最先端の科学と神智学/降霊術が渾然一体となっているのが面白いが、実際映画の中でもドイツ人科学史家が、当時の様々な科学的発見が、言わば「目に見えない世界や次元」についての人々の想像力をかき立てたと指摘していた。いうまでもなく可視光の範囲の外側に、様々な波長の電波があるということが分かってくると、我々に直接見えるものというのはその全容のごく一部に過ぎないということになる。実際こうした見えない世界への憧憬は別のルートでも可能である。若き日のデュシャン(M.Duchamp)は数学者ポアンカレ(J-H.Poincare)の啓蒙書から四次元という考え方に魅せられるが、それはのちに相対性理論等のインパクトとも繋がってくる。
抽象画は「見えない世界」への霊的な探求という隠し味を含んでいた
当時の自然科学の成果が、こうした見えない世界(次元)への関心を増大させたところに、いわばそれを独自の方法で探る神智学が、言わばブースターの役割を果たしたことになる。だが勿論南アジアや東南アジアの知識人の間で広く共感をえることになったその教えが、北欧でも同じような支持を得ていたとはいえないようだ。実際それまで風景画や精密な解剖図を描いて名声を得ていたアフ・クリントが、突然みたこともない抽象的な連作をはじめた時、周辺は大いに動揺したという。シュタイナー(R.Steiner)といえば日本では全人格的なシュタイナー教育で有名だが、神智学と似たような思想を持ちつつ、そのあまりのインド宗教的色彩を嫌って、よりキリスト教に近い人智学(anthroposophy)なる運動を立ち上げた人である。アフ・クリントはこのシュタイナーにも自 分の作品を見せて相談しているが、シュタイナーはそれが降霊術的な手法と関わる点を嫌って、否定的な態度をとったらしい。
こうした様々な出来事が重なり、結局その膨大な独創的作品群は殆ど日の目をみることもなく、お蔵入りということになった。そして抽象絵画の公的歴史の主役はカンジンスキーといった男性群が占有することになる。実は彼もシュタイナーと関係しているから、抽象化というのは決して単に具象からの脱却ということのみならず、この「見えない世界」への霊的な探求という隠し味を共通して含んでいたようである。