福島真人

福島真人

Imagine-1, 2018, acrylic on canvas, 114.2 x 227.6 cm

(写真:Nomata Works & Studio

野又穫はなぜ論じられてこなかったのか。社会学的想像力をかき立てる現代アーティストを観る

魅力は充分にあるはずなのに、その価値が広く見出されない物事というのは存在する。野又穫という現代アーティストの作品は昨今注目度が上昇しているが、その魅力とは裏腹に長いことあまり表立って論じられてこなかった。野又穫の作品から「評価」とはどのように行われるものなのかを考えていく。

Updated by Masato Fukushima on September, 4, 2023, 5:00 am JST

野又の作品は、曖昧な評価構造の窪みに落ち込んでしまった?

以上の話は、野又のような作家を論じる際の困難を指摘するためである。彼の作品が多くの人を魅了する力があるというのは、疑いの余地はない。上記の実存モデル的な意味では、その力は圧倒的ともいえる。他方、彼の作品を学術的に位置づける場合、アート・ワールドの複雑で曖昧な評価構造の窪みに落ち込んでしまったのでは、という印象も受ける。野又はアート・ワールドにおけるバンドワゴンには概して無関心だが、それに乗ることのメリットは、人々の注目を浴びて、評価されやすくなるという点である。他方彼の作品はそもそもそのルーツ自体が分かりにくい。従来の解説にはしばしば建築家が登場するが、野又作品を建築史に位置づけても埒が明かないだろう。

本人はそのルーツについて、アメリカの画家シーラー(C.Sheeler)といった人の作品を挙げているが、1920年代以降米国で、都市的、工業的な景観を絵画や写真で描いた、プレシジョニストと総称されるグループの一人である。米国美術史の専門家以外にはあまり知られていないこうしたグループ、いわゆるマシーン・エイジの作家達との、遠い縁戚関係があり、そこに様々な分野の影響が加わり、独自の作風を完成させたのである。

野又作品Skyglow
Skyglow-H2, 2008, acrylic on canvas, 53.5  x 145.8 cm ©️Minoru Nomata

だがこうした来歴は、現代アート業界の流れとは一致しない。結果として、言わば一般的な人気はあり、専門家の評価も高いが、しかしどう位置づけたらいいか、はっきりしない作家という状況が続いたという印象がある。勿論最近の国際的画廊との関係は、そうした関心の高まりを証明するが、しかしそこにも潮流の変化がある。端的にいえば、それは欧米アート業界における、非西洋アートに対する学術的/商業的な関心の拡大であり、そうした流れが、言わば彼の国際評価の高まりを後押ししたのだろう。しかしこの点でも野又作品がある種のアノマリーを示すのは、彼の作品がアジア的な雰囲気をあまり持っていないという点である。実際その作品に影響を与えた要素はほぼ西洋の文物であり、どちらかというと、神秘的ではあるが、無国籍的なのだ。

野又作品は、アート・ワールドにおける興味深い特異点である。その作品自体が、様々な美的想像力を観客に喚起すると同様に、その作家の立ち位置そのものが、いわば社会学的想像力をかき立てるという点でも、特異な作家なのである。

参考文献
アート・ワールド』ハワード・S・ベッカー 後藤将之訳(慶應義塾大学出版会 2016年)
美術の窓 No.438 2020年3月号「美術賞完全ガイド」(生活の友社 2020年)
予測がつくる社会—「科学の言葉」の使われ方』山口富子・福島真人 編(東京大学出版会 2019年)
『佐賀町エキジビット・スペース1983-2000—現代美術の定点観測』 小池 一子 林 雅之 (写真) 佐賀町アーカイブ編(HeHe 2020年)
福島真人(2019)「遙かなる未来を語ること――『予測がつくる社会』」 
野又稔(1991)NOMATA – Standing Still ゲイン株式会社
Fujimura, J.(1996) Crafting science : a sociohistory of the quest for the genetics of cancer, Harvard University Press
Fukushima,M.(2019) Regimes on newness: an essay of comparative physiognomy, Interface Critique  2 :105–122.
Fukushima,M.(2021) Minoru Nomata: The allure of polychromatic topology, in Companion, White Cube.

野又穫 個展【Continuum 想像の語彙】
2023年7月6日(木)〜9月24日(日)
東京オペラシティアートギャラリーにて開催
https://www.operacity.jp/ag/exh264/