4年間で2倍の成長が見込まれるインド・デリバリー市場
2023年におけるインドの食品デリバリーの総売上金額は340億ドルを見込んでおり、今後は毎年20%で成長、今後4年間で約710億ドルの規模になると予測されている。
数年前までは、インドでのデリバリーサービスといえば、インド版 Uber Eats の「Zomato」「Swiggy」くらいだった。新型コロナによるデリバリー需要を追い風に、コールドチェーンや、ラストマイル配送の整備が進み、(前回の記事でも紹介した)「デジタル決済」の浸透も相まって、都市部を中心に多種多様なデリバリーサービスが生まれた。こうしたデリバリーサービスの大多数は、インド発のスタートアップである。
特に市場規模の伸びが顕著なのが、オンラインスーパーマーケットなどの「食料品デリバリー(Grocery Delivery)」だ。調理済み食品のデリバリー(Meal Delivery)の市場は緩やかな成長が見込まれているのに対し、食料品デリバリーは、急速に拡大すると言われている。
これほどまでにデリバリーサービスが発展する理由は、インドの都市の事情とテクノロジーの進展にある。
渋滞が激しい都市では、「移動して何かを買う」ことが非常に面倒
インドのテックシティであるバンガロールは、実は世界で交通渋滞が深刻な都市のひとつだ。
人口増加とともにショッピングモールやスーパーマーケットは日に日に増え、消費者のオフラインでの購買体験は、日々豊かなものになっているが、物理的なインフラにはまだ課題があり「外出して買い物をする」ことの利便性は高くない。
近所のローカルの店では、食料品など、基本的な生活必需品はそろうが、「高品質なものを選ぶ」「複数のメーカーの商品を比較する」場合は、大型のショッピングモールやスーパーマーケットに行く必要がある。
交通渋滞を避けるためには、メトロ(市内の公共交通)を利用することもできるが、東京のように路線が張り巡らされているわけではないため、メトロの駅から自宅やモールに行くまでに、Uber などのタクシーサービスや、自家用車を使用しなければならないこともある。
つまり「どこかに移動して何かを買う」ことが、非常に面倒なのだ。
そんな状況下で、デリバリーサービスは非常に便利である。スマホひとつで、たくさんの種類の商品を比較し、安全で品質の高い商品を購入でき、数時間後から翌日には商品が届く。
インドの都市部の中間層~所得層の間では、「食料品から薬局まで、必要なものは全てデリバリーで済ませる」ということは、当たり前になってきている。
地方からの出稼ぎや日雇 い労働者がギグワーカーに
デリバリーサービスの供給において、核をなすのがギグワーカー(インターネット経由で単発の仕事を請け負う労働者)の存在である。インドのデリバリーサービスを支える配達員は、企業との雇用契約を結ぶギグワーカーだ。
インド政府のシンクタンク、NITI Aayogのレポートによれば、インド国内に、2021年時点で約700万人のギグワーカーが存在。2030年までに2,000万人になる見込みである。1人で複数企業のデリバリーを請け負っているギグワーカーも多い。
インドの都市部では、地方からの出稼ぎや日雇い労働者が多い。彼らはスマホさえあれば、デリバリーアプリに配達員として登録し、配達時には二輪シェアライドサービス(※1)のレンタル自転車やバイクを使い、すぐに仕事を始め、収入を得ることができる。インドでは、1万円台で購入できる低価格スマホが販売されており、モバイルデータ通信もとても安い国であるため、ギグワーカーになるためのハードルは極めて低い。(※2)
自分の二輪車を持っていなくても、スマホひとつで、誰でもギグワーカーになれるのだ。
(※1)電動バイクレンタルの「Yulu」、電動スクーターレンタルの「Bounce」 など、インドの都市部には電動二輪車のスタートアップがいくつかある。
(※2)インドは世界でもっともモバイルデータ通信価格が安い国であり、1GBあたり約15ルピー(25円)である。
ギグワークエコノミーの成長を見据え、インドで起業した日本人も
こうしたギグエコノミーの成長トレンドを見据え、インドで起業した日本人もいる。インド在住の手嶋友長氏が起業した「OkayGo」では、ギグワーカーがEC・配達業などの仕事を即時探せるプラットフォームを提供する。時間帯ごとに仕事の需要変動が激しく、十分な収入を得られないといったワーカー側の課題と、安定した人材確保が難しいという事業者側の課題の双方の解決のためのサービスだ。
ギグワークは、開始のハードルが低く、柔軟な働き方で効率的に収入を得られる一方で、ギグワーカーの労働環境の悪化や低賃金、社会保障や福利厚生の不備も問題視されている。インド各地で、最低配達料の引き上げなど、待遇改善要求やストライキなども起きており、2020年制定の政府の社会保障法(The Code on Social Security)では、ギグワーカーの福利厚生に関する項目が盛り込まれている。
ギグワーカーは日本でも増えており、インドで起きている事例は近く日本でも起こりうるかもしれない。
日 本でも同様のデリバリーサービスが展開できるかも
日本でもUber Eatsを筆頭にギグワーカーによるデリバリーサービスが広がっており、今後その内容は多様化していくことが見込まれる。そこで、ここからは最近インドで展開しているデリバリーサービスをいくつか紹介したい。日本でデリバリーサービスをはじめてみたいという人への参考になれば幸いだ。
「10分デリバリー」クイックコマース
「アプリで注文した食料品が、たった10分で自宅に届く」
こうした超高速の「クイックコマース」が、バンガロールやデリーなど、インドの都市部で展開している。
野菜・果物などの生鮮食品、加工食品、日用品まで、アプリで注文すると、近隣の店舗や配送センターで商品をまとめ、玄関まで届けてくれる。エリアにもよるが、市内中心部のエリアだと、注文してから10分~15分ほどで商品が届く。24時間対応可能なサービスもある。
バンガロールに在住している筆者も、頻繁に利用している。
先日、思い立って真夜中12時頃に料理をし始めたとき、牛乳や野菜などが必要になった。近くの食料品店はとっくに閉店していたので、「Swiggy Instamart」というアプリで注文したところ、ほんの10分で玄関まで商品が届いた。配達料金はたったの50ルピー(約80円)。スーパーマーケットの営業時間外や、買い忘れがあったときに頼りになるサービスである。
こうしたクイックコマースは、筆者が知るだけでもバンガロールには4社ある。
バンガロール発の 「Zepto」、デリー発の 「BlinkIt」 、インド版 Uber Eats 「Swiggy Instamart」、何でも運ぶ「Dunzo」などだ。
新型コロナ によるデリバリー需要の急増により、インドのデリバリーサービスは急速に浸透し、インドの都市部のミドルクラス~富裕層にとってデリバリーアプリが生活の一部になった。
「何でもデリバリー」ハイパーローカルデリバリーのDunzo
何でも運んでくれる「何でもバイク便」の「Dunzo」は、バンガロール発のスタートアップだ。日本のバイク便に近いものだが、「Dunzo」で配達可能なものは、食料品から書類、薬、レストランの料理、友人の手作り料理まで多岐に渡る。B2C(個人と店舗の間:Business to Customer)も、C2C(個人間:Customer to Customer)もサービスの領域内だ。
Dunzo は、「ハイパーローカルデリバリー」と呼ばれ、半径10〜15km圏内のエリアで、配達員を回転させることで、迅速なピックアップとデリバリーを実現している。2015年に開始したサービスだが、コロナ禍で一気に成長した。
上記に挙げた「クイックデリバリー」の先駆け的存在であり、食料品のデリバリーや、友人や親戚にモノを送りたいときなど、「何か運びたい時には Dunzoで」というわけだ。バンガロールでは最もポピュラーなデリバリーサービスの一つである。
多種多様なオンラインスーパーマーケット
バンガロールで最もポピュラーなオンラインスーパーのひとつが「Big Basket」である。
Big Basket は、その他のオンラインスーパーの中でも、商品の種類が豊富で、約18,000種類、1,000以上のメーカーの商品が常時揃っている。アプリから注文をすると、翌日には届く。
自社ブランド商品や、コスメストア、日用品なども多数扱っており、生活に必要なあらゆるものが、このアプリ一つで購入できるようになっている。そのほか、日本でもおなじみの「Amazon Fresh」も、インドではポピュラーだ。
ニチレイフーズが出資する「安全」「高品質」を第一に掲げたサービス
特定の食材に特化したオンラインスーパーもある。
日本のニチレイフーズが出資する「Licious」は、肉、魚介類に特化したオンラインスーパーマーケットだ。
インドの食料品店では、「ベジタリアン」「ノンベジタリアン(肉、魚などの動物性食品)」の売場が厳密に分かれている。フロアやセクションを分けたり、「ベジタリアン」の商品しか扱っていないスーパーマーケットも多数ある。インドの大多数を占める ヒンドゥー教では「浄」「不浄」の概念があり、肉や魚を扱う食料品店やレストランには絶対に行かない(忌避するものと考える)人々も多いためだ。
「Licious」は、「安全」「高品質」を第一に掲げており、ITを活用した需要予測をベースに、注文を受けてから120分以内に新鮮な肉や魚を届けている。
インドのごく一般的な食肉、魚介類の食料品店は、肉や魚がパック詰めされず、むき出しで販売されており、衛生的でなかったり、品質(鮮度)が担保されていなかったりする。また、基本的には大きいブロック状で販売され、調理用途に合わせて、ブッチャーに切ってもらう。
Licious の商品は、「新鮮」で「品質の高い」商品が、玄関先まですぐ届けてくれる。食肉や魚介類はパック詰めにされ、調理しやすいよう、あらかじめカットしてある。従来の路面店と比べて価格はやや高いが、安全性、利便性の高さから、ミドルクラス~富裕層を中心に好評である。
その他、特化型スーパーとしては、化学薬品や抗生物質不使用の食肉、魚を扱う「Fresh to Home」、乳製品大国インドならではの、牛乳や乳製品に特化した「Country Delight」「Milk Basket」などがある。
以上、インドの都市部で展開する、便利なデリバリーサービスを紹介した。全体的な物流サプライチェーン、交通渋滞などにより、「どこかに移動して欲しいものを買う」ことが不便であるがゆえに、多様で革新的なデリバリーサービスがインドで展開されていることを、想像してもらえたら幸いである。
参考資料
Dunzo shifts growth gears; Shiprocket is 20th unicorn of 2022(The Economic Times)
India’s Gig Economy | 28 Jun 2022
India’s gig workers: Overworked and underpaid(Times of India)