南太平洋の真ん中。あらゆる大陸から遠く離れた海に浮かぶのがマルケサス諸島だ。フランス領ポリネシアの中心地であるタヒチからも1,500kmほど離れている。
マルケサスが世に知られるようになったのは、ハーマン・メルヴィルの小説『タイピー』がきっかけだ。捕鯨船のなかで奴隷のように扱われることに嫌気が差した主人公が仲間と2人で脱走し、ヌクヒバ島をさまよい、やがて食人族として知られるタイピーたちに捕まり幽閉される。そこでタイピーたちの文化に触れ、主人公たちが異文化を理解していく様は高い評価を受けた。メルヴィルが存命中に評価を受けられたのはこの『タイピー』だけで、代表作の『白鯨』は死後に読まれるようになった。
『タイピー』は小説という形態をとってはいるが、内容はメルヴィルが体験したことに近く、多くの人にとっての「未知の地」のことを知るきっかけになった。
後には船で各地を旅した作家のジャック・ロンドンも『スナーク号の航海』のなかでマルケサス諸島のことを著している。ジャック・ロンドンがヨットでマルケサスを目指したように、現代のマルケサスはヨット乗りたちの憧れの地になっている。
タヒチで多くの名作を残したといわれるゴーギャンは、最期の時は俗化したタヒチではなくマルケサス諸島のヒバオア島で過ごした。ゴーギャンの晩年の過ごし方は現代人の感覚からすればとても褒められたものではないが、ゴーギャンの墓はいつ行ってもプルメリアの花がそっと手向けられている。
マルケサス諸島はポリネシアの入れ墨文化の発祥の地ともいわれている。そのため入れ墨を入れるためにわざわざハワイのあたりから来る観光客をよくみかける。
僕は昔、ハワイアンがマルケサスにルーツを訪ねるツアーというのに参加させてもらったことがある。島に上陸すると、ハワイアンは最初に島のチーフに這って挨拶に行った。ポリネシアン共通のしきたりのようだった。
かつてポリネシアンは、タヒチ方面からマルケサスへやってきて、やがてイースター島やハワイへ渡っていったといわれている。それと関係してかマルケサスにもイースター島のモアイ像によく似た像がマルケサスに見られる。
文字通りの陸の孤島であるマルケサスには独自の文化が根付いている。それはときに非常に神秘的であり、訪れた者の心を掴んで離さない。このような地上の楽園のような場所がいつまでもあり続けることを願ってやまない。