食事は末梢時計を刺激する
時間栄養学は、時間薬理学の考え方を食・栄養の領域に応用しようという考えに基づいて発展してきた。食・栄養がラメルテオンやデキサメタゾンなどの薬物と同様に、主時計や末梢時計をリセットできるか否かということである。これまでにわかったことでは、ヒトでもマウスでも食事の刺激は主時計のリズムに影響を与えないことである。一方、末梢時計は食事を取ることが刺激となり体内時計をリセットできる。1日3食とした場合にどの食 事に同調するかという問いに対しては、一番長く絶食した後に摂る食事で、リセットされることが分かった。すなわち朝食(breakfast=破る(break)絶食(fast))が末梢時計を前進させ、リセットすることを見出した。したがって朝食を欠食して、昼から食事を取り始める人の末梢時計のリズムは、遅れながらリセットされることになる。
夕食を2回に分けて食べた方がいい人もいる
我々のマウスの実験では、1日を6等分し、4時間おきに餌を与えると、絶食時間が一定なので、どの餌が朝食かわからなくなり、末梢時計をリセットできなくなった。また、夜遅く食べる人の事を考えたマウスモデル研究では、朝(7時)と昼(12時)は5時間空けるが、忙しくて夕食を取る時間がなく、昼食と夕食を11時間ほど空け(昼食は12時、夕食は23時)、夕食から次の朝食を8時間にしたところ、昼食と夕食の間が一番長く絶食していたので、末梢の体内時計は夜の23時の食事を朝食と勘違いしてリセットされることが分かった。そこで、このような生活習慣を改善するために、夕方の17時か18時に、夕食の半分を食べ、残りを23時に食べるように分食を行ったところ、絶食時間は夕 食から朝食までが一番長くなり、体内時計のリセットが朝方に戻った。したがって、ヒトの生活パターンでも、夕食が遅い人は体内時計の夜型化を防ぐために分食を勧めている。
ヒトを対象に明暗周期を朝の7時に点灯し、夜の11時に消灯するようにしながら、食事時間は7時、12時、17時として、主時計の視交叉上核の時計の指標としてメラトニン分泌リズムを調べ、末梢時計の指標としては皮下脂肪の時計遺伝子発現リズムを調べた研究がある。次に明暗周期は変更せず、食事時間のみ12時、17時、22時と5時間遅らせ、メラトニンと皮下脂肪の時計遺伝子発現リズムを調べた。その結果、光の明暗時間は変更していないので、食事時間をかえてもメラトニンのリズムには何ら変化は認められなかった。一方で、皮下脂肪のリズムは、食事を5時間遅らせた施行では、1〜1.5時間程度遅れた。このことは主時計と末梢時計の間に一種の時差ボケが出現したことになる。つまり朝食欠食は末梢時計のみ夜型化させる可能性が示唆された。
食事による体内時計リセットのメカニズムはブドウ糖産生に続くインスリンの分泌と、インスリンの細胞内シグナルによることがわかっている。また、糖尿病などでインスリンシグナルが利用しにくい場合には、たんぱく質食によるIGF-1の働きでリセットできることが分かった。朝食の和食、洋食、シリアル食、欠食では、和食が一番早寝早起きで、欠食が一番遅寝遅起きであった。朝食に取りやすい魚油(DHA・EPA)、納豆や海藻に多いビタミンKなどもインスリン分泌を介して体内時計のリセットに役立っている可能性がある。
朝と夜で異なる作用
生体では体内時計が時間管理を行っており、種々の代謝機能や生化学反応に時間制御が起こることは十分考えられる。食・栄養も生体に入ると、薬物と同様に生体と相互作用をする。例えばたんぱく質を摂って、それが筋肥大に寄与する場面を考える。胃・腸での酵素分解、腸管からのアミノ酸やペプチドとしての吸収、血液の循環速度による筋肉への輸送、筋肉での筋合成と分解、アミノ酸の窒素成分の腎臓での尿素としての排泄、といったプロセス(吸収、分布、代謝、排泄)が重要であるが、これらのプロセスの各ステップに体内時計の制御が深く関わってくることが分かっている。また、朝食と夕食とを単純に考えてみても、今から活動的になる前の食事と、今から寝ようとする前の食事では意味が違うだろうと、だれでも想像できる。
実際、全く同じ内容の食事を朝食で食べた場合と、夕食で食べた場合の血糖値の推移とインスリン分を調べると、朝食の場合は、インスリンの感受性が高く血糖値が速やかに基準値に戻るが、夕食の場合は、インスリンの効きが悪く、高血糖が長く続く。特に夕食が遅いと血糖値が戻るまでに高血糖のまま睡眠に入ることになり、血糖を下げることがさらにできにくくなり、消費されない余分なブドウ糖は脂肪合成に回される。現在、トクホ製品や、機能性表示食品などは、摂取時刻の事は記述できないとされているが、時間薬理や時間栄養の視点で考えると、生体と相互作用する食品成分が機能を発揮するには適切な摂取タイミングが存在する可能性は高いと思われる。夜間に貯めておいた胆汁は朝食後が大量に分泌されるので、脂溶性の物質、すなわちリコピン、DHA・EPA、セサミン、あるいは脂溶性ビタミンなどは夕摂取より朝摂取のほうが、より効果的であろう。
「何を食べるか」だけでなく、「いつ食べるか」も重要
時間栄養の実践例を一つ述べる。子供から高齢者まで、朝食時のたんぱく質摂取量は少なく、このことは骨格筋量の維持に不利に働くので、朝のたんぱく質摂取は健康維持の重要な課題となっている。牛乳や乳製品は良質なたんぱく質(アミノ酸がバランスよく含まれている)を含んでいるので、朝食時や午前中の間食時に摂ることはよい。一方で、夕食時の乳製品はどうであろうか。乳製品には吸収が良いカルシウムが含まれており、またカルシウムの腸管吸収は夕方が良いことが知られている。骨密度が減少する骨粗鬆症予防には、先の理由から夕方のカルシウムの摂取が望まれるが、高カロリーの乳脂肪を避けるには、脱脂系の低脂肪の乳製品は夕食時にはお勧めである。我々の周りには数多くの食品や食品成分があるが、先に述べたような時間栄養学的な視点では、ほとんど調べられていない。
朝型・夜型、あるいは生活パターンによる日内リズムの違い、週の中での食事のとり方の違いなど、 食パターンは千差万別であるが、健康問題を考えると、AIを利用した個人別の時間栄養管理(precision chrono-nutrition)の重要性が注目されてくると思われる。