村上 知久

村上 知久

(写真:Laiotz / shutterstock

超高齢化社会を救済する、人民の人民による人民の為のデータ

「データの民主化」がもたらす具体的なメリットに、健康状態を把握し疾病の予防に役立てることができる点が挙げられる。住宅IoTプラットフォーム(スマートフォーム)の開発を手掛ける村上知久氏が解説する。

Updated by Tomohisa Murakami on June, 21, 2024, 5:00 am JST

スマートホームを取り巻く状況は、発売当初の自動車とよく似ている

言うまでもなく、私たちの生活は常に技術の進歩に助けられている。
現在では当たり前のように走っている自動車も18世紀に発明されて以来、進歩に進歩を重ねて、なくてはならないものとなった。
そして今、人々の生活を支える技術の一つにIoTが挙げられる。実は、発明当初の自動車と現在のIoT、特にスマートホームの立ち位置は非常によく似ている。

36年前にNHKで制作された番組「コンピュータの時代 第1回」には和製OS「TRON」の生みの親である坂村健氏が登場した。坂村氏は番組内で「T型フォードが発売されたころの車はアクセルやブレーキの位置、エンジンの掛け方までメーカーや製品によってバラバラで誰もが使えるものではなかった」と話していた。

実は、現在スマートホームをとりまく状況もよく似た状態にある。メーカーや製品毎にアプリがバラバラで利便性が非常に低いのだ。

スマートホームシステムは、その便利さは世に知られていながらも、国内では2023年3月現在で約13%弱にとどまっている(ちなみにスマホの普及率は約90%だ)。しかもこの13%の数字にはAmazonEcho等のスマートスピーカーだけが家にある、という状態も含まれている。スマートスピーカーを除いた機器の普及率はたったの2%で、全く普及していないといえる。

アプリやデバイスがまったくバラバラであるということだけが、スマートホームの普及率を押し留めているとは言い切れないが、大きな要因にはなっていることは間違いないだろう。

エアコン一つ動かすのにいちいちアプリをダウンロードしなければならないのであれば、従来のリモコンで十分だということになる。テレビや照明をコントロールするために、いちいち別のアプリを立ち上げることは果たして人の生活を便利にしているのか。IoTがもたらすものが利便性の追求なのであれば、いくつものアプリを導入し、いちいち人間が動作性を考慮しながら頭や指を動かさなければならないことはまったく理にかなっていない。

求められるオープンプラットフォーム

では、どうすればこの課題を解決できるのか。方法の一つは、開かれたひとつの場所に全てを集約することだ。言い換えると「オープンプラットフォーム」の存在が必要だということだ。

前述の坂村氏も、基本的にはこの考えを軸にTRONや「ハウジングOS」を開発している。
民間企業のなかにも住宅特化型のオープンプラットフォームを自ら開発し、提供するプレイヤーが出てきており、スマートホームを単なる「ガジェット」ではなく、一般でも広く利活用できるインフラとして捉えはじめている。

スマートホームがプラットフォーム型のシステムに支えられれば、いよいよ誰もが使えるものへと変貌していくことになるだろう。

スマートホームが普及すれば「不幸な突然死」を回避できる

スマートホームが普及した暁には、利便性の向上の他にもメリットがある。
スマートホームアプリを使用することで蓄積したデータから、ユーザーが自分で認識していなかった電力の使用状況や生活リズムを把握することができるのだ。それにより、より省電力化するためのヒントを得られたり、また冷蔵庫やトイレのドアの開閉回数などから健康状態を把握したりすることができる。

また、最近は庫内にカメラのついた冷蔵庫が登場しており、外出先で中身を確認できるために「あれ、家にあったっけ?」を解消できるテクノロジーも出てきている。この冷蔵庫のユニークな使い方としては、高齢の両親の冷蔵庫のなかを把握することで認知症の早期発見につながるというものである。1週間で消費しきるはずの牛乳を3日連続で買ってきたことがわかれば「医療につなげよう」と考えることができる。

現状は、このように身近なデータを可視化し活用することがIoTの到達地点だ。しかしこれが累積データとなり、また他のデータと比較できるようになればさらに使い勝手は変わる。

例えば、50代・男性の一般的な睡眠時間、食事の時間、トイレの回数と比較して自分はどの程度のズレがあるのか。それを引き起こしている原因は何か。身体だけでなく、心の不調に気がつくきっかけにもなるかもしれない。

それを支えるものは、まさに民主化されたビッグデータである。

私はスマートホームこそが最も生活に身近なデータを蓄積する手段になると考えている。そして生活に身近なデータは最も民主化されやすいデータとも言えるのではないだろうか。

日常の些細な行動を可視化できるスマートホームが普及すれば「不幸な突然死」を回避できるケースが増えてくるだろう。また現在社会問題化している孤独死などを防ぐ手段になりうる。

スマートホームを普及させ、IoTで得られるデータを民主化することは、日本の超高齢化社会を救う一助となるかもしれない。
私はスマートホームとデータの民主化の力を信じている。