我々は「偉い人」の顔を頻繁に、そして長く見る
顔色をうかがう、という表現があります。みなさん、日常でどなたかの顔色をうかがうことはあるでしょうか。人によっては、日々、上司や先生などの顔色をうかがっていますよということもあるでしょう。ところで、顔色を伺うためにはまずその相手の顔を見る必要がありますね。今回の記事では、まず、私たちは偉い人の顔を頻繁に、そして長く見ているようだ、という研究を紹介したいと思います。
上司や先生などの「自分にとって」偉い人の顔ではなくても、私たちはとにかくその場にいる最も偉い人をよく見るよという結果を報告したのは、ブリティッシュコロンビア大学のファルシャム氏らです※1。ファルシャム氏は、参加者に見知らぬ3人が会話をしている動画を見せました。動画に写されていた3人には、地位の差がありました。その中で、1番偉い人と2番目に偉い人はほぼ同じ時間だけ話をしていましたが、参加者は1番偉い人の顔に対して、頻繁にそして長い間、視線を向けていました。
もちろん、誰が「偉い」のかは参加者には伝えていません。つまり私たちは動画を見るだけで誰が偉いかをなんとなく察して、その人を長く頻繁に見ているということがわかります。
ちなみにこの話は人間に限らないようで、飼育されているパタスモンキーというサルでも、ランクの低いサルはランクの高いサルを、その逆よりも長く見ていることが示されています※2。ランクの高い相手の顔を見るという点では、人間もパタスモンキーも同じですね。
さらにいうと、偉い人の顔に目が向くだけではなく、偉い人の視線が向いた方向に自然と注意が向いてしまうという研究も報告されています※3。しかも、本当に偉い人である必要はないようで、なんとまったく同じ人物でも「物理学部を優秀な成績で卒業し、現在はヨーロッパの有名なラボで研究者として働いている」という人物説明を読んだ場合にはその人の視線方向に注意が引かれるのに対し「薬学部の入学試験に挑戦したいと思っている」という人物説明を読んだ場合にはそれほどではないという結果になっていました。
偉いというだけで、あるいはどうやら偉い人っぽいという情報だけで、私たちの視線や注意は操作されてしまうのです。なかなか面白いですよね。
「偉い人」は他人の顔を見ない
さて、それでは反対の視点から考えてみましょう。他人の顔を見る頻度は、誰でも同じなのでしょうか。それとも、自分が偉いかどうかが他人の顔を見る頻度を変えるのでしょうか。
ニューヨーク大学のダイツ氏らは、Googleストリートビューからニューヨークの街の写真を取得し、参加者に見せたところ、低い社会クラスの参加者と比べ、高い社会クラスの参加者では、写真の中の人物に目を向ける時間が短かったよという結果を報告しています。どうやら人は偉くなると他人への興味が低下するようだ、ということがわかります。
ダイツ氏はさらに、市内を歩いていた人に声をかけ、グーグルグラスを装着して約1分の間近くの道を歩いてもらい、それぞれの人が顔を向けた先になにがあったかをグーグルグラスで録画しました※4。その結果、やはり自分が高い社会クラスだと思っている人ほど、周りの人物に視線を向ける時間が短かったのです。
あなたはいかがですか? 街を歩くとき、周りの人を見ているでしょうか。私は……たぶん、割と見ているのではないかという気がするのですが、しかしながら、他人と比べたことがないのでなんとも言えないところです。誰かに調べてみてほしいですね。
さてさて、それはそれとして、研究は繋がっていきます。ダイツ氏は、偉い人はあまり他人を見ていない、他人に興味がない……ということは、結果的に、顔の記憶にも違いが出てくるのではないかと考え、別の共同研究者たちと、次の研究を行いました。
社会的ランクが高い人の目撃証言は役に立たないかもしれない
ダイツ氏は次の研究で、参加者にたくさんの顔写真を見せて、その記憶成績を比較しました。このとき、参加者にはあとで記憶テストがあることは伏せてありました。すると予想通り、社会クラスが高いほど 、記憶成績が低くなるという関係が見られました※5。他人の顔に注意を払っていないのだから、当然そうなるだろうなと思わされます。
さて、社会クラスによって顔記憶成績に差があるのはなぜでしょうか? もともとの顔記憶スキルに差があるのでしょうか。それとも他人の顔を記憶するモチベーションに違いがあるのでしょうか。
これを確認するため、ダイツ氏は続いて参加者に「これから見せる顔を記憶してください」と伝えた上で顔写真を見せる課題を行いました。すると、社会クラスによる影響はなくなり、社会クラスが高い人も、社会クラスの低い人と同じように他人の顔を記憶できていました。つまり、他人の顔を記憶するスキルに差があるのではなく、モチベーションに差があるということになります。
ということで、ダイツ氏は犯罪などの目撃証言においても目撃者の社会的ランクを考慮すべきではないだろうかと述べています。犯罪が起きたときに「あ、これ、記憶してあとで思い出そう」と思って記憶することはあまりないでしょう。だとすれば、一般になんとなく信じられているのとは反対に、社会クラスの高い人の目撃証言ほど、正確さが低いという可能性もあるわけです。
さて、この記事の下には私の顔写真が掲載されています。あなたは見るでしょうか、それとも見ないでしょうか。あなたが偉いのなら、きっと見ないことでしょう。だって偉いのだから。……ですよね?
参考文献
※1. Foulsham, T. ,Cheng, J. T.、 Tracy, J. L.、 Henrich, J. & Kingstone, A. Gaze allocation in a dynamic situation: effects of social status and speaking. Cognition 117 , 319–331 (2010).
※2. McNelis, N. L. & Boatright-Horowitz, S. L. Social monitoring in a primate group: the relationship between visual attention and hierarchical ranks. Anim. Cogn. 1, 65–69 (1998).
※3. Dalmaso, M. , Pavan, G. , Castelli, L. & Galfano, G. Social status gates social attention in humans. Biol. Lett. 8, 450–452 (2012).
※4. Dietze, P. & Knowles, E. D. Social Class and the Motivational Relevance of Other Human Beings: Evidence From Visual Attention. Psychol. Sci. 27, 1517–1527 (2016).
※5. Dietze, P. , Olderbak, S. ,Hildebrandt, A. , Kaltwasser, L. & Knowles, E. D. A Lower-Class Advantage in Face Memory. Pers. Soc. Psychol. Bull. 1461672221125599 (2022).