玉木俊明

玉木俊明

(写真:isak55 / shutterstock

デジタル化がもたらす巨大企業の「税逃れ」。無形資産への投資は加速し続けている

デジタル化は経済や資産のあり方をも変えている。その恩恵に預かる人々は少なくないが、課題も増幅中だ。その一つが「課税」である。巨大企業は物理的拠点を設けなくなったことで「税逃れ」を可能にしている。

Updated by Toshiaki Tamaki on September, 11, 2023, 5:00 am JST

製造業においても増える無形資産への投資

企業がもつ資産のあり方は、21世紀になって非常に激しく変わりつつある。それまで経済を牽引してきた製造業は、従業員も多く、大工場があり、資産といえば有形資産がほとんどであった。

だがITが発展すると、知的財産の重要性が著しく増加し、無形資産が有形資産よりも重要な地位を占めるようになっていった。無形資産とは、物的な実態の存在しない資産のことで、具体的には、特許や商標権や著作権などといった知的資産、従業員のもつ技術や能力などの人的資産、企業文化や経営管理プロセスなどといったインフラストラクチャー資産を指す。

有形資産と比較して、無形資産をどのように把握するのかは難しい。また、そこにかなりの恣意性が入る可能性は否定できない。IT産業は無形資産を大きく増やすことによって株価を上げ、時価総額を増やした。ヨーロッパとアメリカでは、リーマンショックの頃に、無形資産への投資が有形資産への投資を上回るようになった。 

それに対し日本のトヨタの会計では、無形資産はあまり重視していない。さまざまな技術や経営上のノウハウをもつトヨタであるので、資産総額はとてつもなく大きくなる可能性がある。しかし、彼らはIT産業のように積極的に無形資産を資産として計上しようとはしていないのだ。

無形資産への投資が増大した説明として考えられるのは、企業が生み出すモノのバランスが変わったということである。先進国においては、ドイツや日本のような巨大製造業部門をもつ国でさえ、サービス業が主要産業になっている。

サービス業は、1990年代後半には有形資産への投資が多かったが、それが逆転した。 グローバリゼーションが進むと、先進国は比較優位をもつ分野にさらに専門特化しなければならなかった。製造業においても、より高度な、あるいは複雑な技術への投資がおこなわれた。

無形資産への投資は、先進国の方が、対GDP比で見ると高い。1998~2011年 においては、アメリカでは一人当たりGDPの1パーセントであったが、中国では0.1パーセントにすぎなかった。マイクロソフトの資産状況については、次の発言が引用に値する。

マイクロソフト社の資産を計上する[2006年度の] バランスシートを見たら、総資産は700億ドルほどで、うち600億ドルは現預金や金融資産だ。工場や設備といった伝統的な資産はたった30億ドル、マイクロソフト社の資産の4%という微々たるもので、時価総額の1%にすぎない。つまり伝統的な資産会計によると、マイクロソフト社は現代の奇跡だ。これは資本なき資本主義なのだ。(ジョナサン・ハスケル、スティア ン・ウェストレイク著、山形浩生訳『無形資産が経済を支配する資本のない資本主義の正体』 東洋経済新報社、2020年)。

無形資産は契約一つで国境を越える

無形資産が増えることに対しては、森信茂樹氏が次のように警鐘を鳴らす。

企業が生み出す価値のなかで無形資産の重要性が高まると、それを低税率国やタックスヘイブンに移転させることで、租税を回避することが容易になっていったという。無形資産は有形資産と異なり、契約一つで容易に国境を越えて子会社などに移転させることが可能である。後述するGAFAM (Google Apple、Facebook Amazon Microsoft) は、自ら集めたビッグデータをもとに、無形資産が多い企業をビジネスモデルの中核に据えようとしているのである。

無形資産に税金をかける方法については、これまでも先進諸国で議論の対象となってきた。デジタル経済は無形資産に大きく依存し、一国に物理的な拠点を設けず、事業規模を拡大することができる。とすれば、従来のような国家単位での税金のかけ方では税を徴収することは難しくなる。しかもタックスヘイブンを利用し、租税をできるかぎり回避することも可能である。OECD(経済協力開発機構)とG20では、それに対抗するため、新たな課税方法を模索しているところであるが、まだ有効な手立ては打てていないといってよい。

私の考えでは、これまでの企業が無形資産を重要な資産だと認識してこなかったわけではない。だが、それを明確に資産化しなかっただけである。無形資産の明確化は、株価の著しい高騰をもたらし、現代の経済を歪めたものにしているのかもしれない。

*この本文は2023年8月29日発売『商人の世界史 小さなビジネス革命が世界を変えた』(河出新書)の一部を抜粋し、ModernTimesにて若干の編集を加えたものです。