村上貴弘

村上貴弘

(写真:Badrul MB / shutterstock

穏やかな防衛ラインを形づくることで、大規模な戦闘を回避する

ロシアによるウクライナ侵攻からの戦争状態が1年以上も続き、新型コロナウイルス感染拡大で衰弱した世界経済に追い討ちともいえる大打撃を加えている。なぜ人間は同種内でありながら常に争い、暴力を振るい、殺戮まで犯してしまうのだろうか?集団で生活する生物の宿命なのだろうか?大規模な戦闘を回避する方法をアリの社会に学んでみよう。

Updated by Takahiro Murakami on July, 24, 2023, 5:00 am JST

超高密度で生活をしても同種内での殺し合いは起きない

アリの社会を30年に渡り、野外や実験室内で観察してきた経験からいえることは、同種内で大規模に殺戮行動や侵略行動をするアリは今のところみたことがないということだ。例えば、北海道でカドフシアリという省エネ型の女王アリを生産するちょっと変わったアリを徹底的にサンプリングしたことがある。千歳周辺の某所で10m x 10mのコードラートを2面測り、その中のカドフシアリを3人がかりで3日間かけて徹底的に探して人工巣に移した。その結果、わずか200㎡の中に121コロニー、5,000個体ものカドフシアリを発見、飼育することに成功した。これには心底ビックリし、森を見る目がガラッと変わってしまった。わずかな面積にこれだけのカドフシアリがいるならば、この広大な森の中には一体どれくらいのアリたちが生きているのだろうか。しみじみと森を眺めながら独り言ちると、先輩方からは「変な人だね」といわれてしまった。

こんなにも高い密度で生息しているカドフシアリだが、野外での行動はいたってのんびりとしていて、近隣のアリ同士での喧嘩は観察されなかった。あまつさえ、予備調査的に全個体にマーキングをして1ヶ月後に再捕獲してみると、近隣のコロニーと融合しているものまである始末。これは真社会性昆虫ではなかなか珍しいのでは?と当時大学院生だった僕は思ったものだ。よくよく調べてみると、カドフシアリの省エネ型女王のコロニーはいわゆる「多女王性コロニー」とよばれる1つのコロニーに複数の繁殖メスが存在しているタイプのアリで、コロニー内の血縁度が低くても協力行動や利他的な行動を取れるのだ。冷温帯や高山帯など環境の厳しいエリア、岩場など営巣する場所があまり多くないような場所でよく見られる社会構造である。侵略的外来アリのヒアリアルゼンチンアリ、ハヤトゲフシアリなども人間の経済活動とともに極端に移動範囲を広げた結果、二次的に多女王性の社会構造になっている。

豊かで安全な場所では保守的な社会が、貧しく厳しい環境ではリベラルな社会が構築されるが……

このような友好的な社会は、単女王性の社会に比べるとコロニーサイズが大きくなる傾向にあり、一帯の生息域を優占することができるというメリットもある。一方で、より南に生息するカドフシアリは単女王性でコロニーサイズは30個体以下と、かなり小さな社会を形成する。個体群密度は低くなり、九州や四国では見つけるのに多少のコツが必要なアリとなっている。

同様の傾向は日本国内に生息する幾つかのアリで確認されている。アリたちは環境の質に応じて、豊かで安全な場所では一国一城の主のように保守的な社会を築き、貧しく厳しい環境では一致団結してよりリベラルな社会を構築する傾向がある。そこに思想信条の激烈な衝突はなく、あくまで自然にそのような社会がセレクトされている訳だ。

アリの社会であっても異種間であれば、食う-食われるの関係が成立してしまう場合もある。僕がメインで研究をしているハキリアリの話をすると、昆虫好きの子どもたちから「グンタイアリとハキリアリはどっちが強いの?」という質問を受けることがある。アマゾン熱帯の二大巨頭であるこのアリたちは、どちらもコロニーサイズが百万個体を超える巨大さで、攻撃力では他の追随を許さない兵隊アリを擁するグンタイアリと、攻撃性はあまりないものの防衛力では一致団結して中型哺乳類をも撃退するハキリアリ、まさに矛と盾のぶつかり合いとなるはずだが、20年以上パナマの森の中でこの2種のアリたちの行動をつぶさに観察して得られた貴重な知見は「巨大な集団同士は大きな衝突を避けて比較的穏やかに共存している」というものだった。

ハキリアリとグンタイアリは日々熱帯雨林の林床を熱心に一方は新鮮な葉を、もう一方は食事場所やビバークポイントを探して高速で移動しているのだが、その行列が交わりそうなポイントでは互いの兵隊アリが警戒態勢をしき、直接行列が接することを注意深く回避する。速やかに方向を修正して、互いに大規模な攻撃行動に移らないよう配慮している。それを見るたびに、なんというバランス感覚!と感動していた。

が、2014年12月14日、午後2時。1993年の大学院修士1年の9月から毎回パナマ調査でコロニーの確認をしていたハキリアリ(Atta colombica)の巣がグンタイアリ(Eciton hamatum)に襲い掛かられているではないか!その攻撃は激しく、巣の入り口という入り口から大量のグンタイアリが入り込み、中から幼虫や蛹を奪い去り、抵抗する働きアリたちは無惨にも咬み殺されてしまった。時間にして2時間程度だろうか。21年もの間、存在を確認し続けてきて、パナマ調査の密かな楽しみだったハキリアリたちの姿が、まさに一瞬で消えてなくなってしまったのだ。

長年観察してきたハキリアリの巣が襲われ、幼虫が運び出されている

超大国の軍事バランスは微妙な関係性で成立している

子どもたちの無邪気な疑問には、こう答えるしかない。

「基本的には実力は拮抗しているが、弱ってきたらグンタイアリが勝つ」

この襲撃は、おそらく21年目にしてハキリアリの女王アリが死亡し、コロニーが弱体化したがために起こったものと推定される。超大国の軍事バランスというのは微妙な関係性で成立していることが実態として理解できた。

アリの中には、他種のアリを専門に捕食するものもいる。新熱帯に生息するフタバハリアリ属(Simopelta)は、グンタイアリとは系統的に離れたグループのアリだが小規模な集団で森の中を放浪し、集団で狩りをすることで知られる。あまり研究がなされていないグループだが、このアリたちはオオズアリなどを専門に捕食する「アリ食」のアリである。オオズアリはフタバハリアリの密度が高くなると頭の大きな兵隊アリを多く生産して防御を固める。また、フタバハリアリも食料源のオオズアリを狩り尽くすことはなく、小規模な襲撃をするだけである。つまり、食う-食われるの関係にあるアリ同士であっても、通常は安定した状態を維持できるようなシステムが組まれていることがさまざまな研究から明らかになっている。

アリの防御が成立しない関係も存在する。サムライアリトゲアリ、ヤドリウメマツアリといった宿主のアリに巧妙に入り込んで、コロニーを乗っ取り、働きアリの労働力を搾取する社会寄生種のアリたちは匂いや音を宿主のアリたちに擬態して「なりすまし」として定着してしまう。しかしながら、社会寄生種はそもそも絶対数が少なく、メジャーな存在になることは原理上ありえない。したがって、宿主となってしまうアリたちも、この寄生種の存在を積極的に排除するメカニズムを進化させることができなかったのだろう。

国境線ほど戦闘が激しくなる人間、テリトリーを離れれば排除行動が緩くなるアリ

同種内の攻撃行動の制御に話を戻そう。
ほとんどのアリは、巣の周辺を自らのテリトリーとして認識し、そこに侵入してくるアリを排除する。その排除行動は巣の中心から離れれば離れるほど弱くなり、互いの巣の境界線ではおっかなびっくり威嚇することで、穏やかな防衛ラインを形作っている。国境線の紛争が激しいものになってしまう人間社会とは仕組みが大きく異なっている。どちらが安定した社会を作るかは、論を待たないだろう。

仮想敵を作り出し、自らの脳の中で不安と猜疑心を膨らませるだけ膨らませ、不安定な社会にしてしまっている人間は、真社会性昆虫のアリの社会からまだまだ遠くかけ離れた地点にいる。早く、進化的に安定な戦略まで人間社会も到達したいものだ。世の為政者の皆様、アリの社会から深く学んでほしいなぁ。