殺人犯からの臓器移植に抵抗がある?
あなたが心臓移植を受けることになったところを想像してみてください。さて、その心臓の持ち主が残虐な殺人犯だったと知らされます。あなたは喜んでその心臓を移植してもらおうと思えるでしょうか?
ブリストル大学のフード氏は、殺人犯からの臓器移植はそれが心臓でも肝臓でも、ちょっと、いやかなり、移植を受けるのに抵抗があるという回答が増えることを示しました※1。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いと言いますが、臓器まで「なんかイヤ!」なわけです。面白いことに、この抵抗感は、イギリス人よりも日本人の方が強かったそうです。
それはともかく、私たちはどうして殺人犯からの臓器移植に抵抗を持つのでしょうか。過去30年ほどの間に、様々な研究によって、人間は「互いに接触した人やモノは、その性質を相手にうつすことがある」と感じてしまうようだ、ということが示されています。この効果は、マジカル伝染効果※2と呼ばれ、心理学や経済学の分野で研究されています。どうやら、モノには心理的な接触履歴が残るようなのです※3。
中古品で充分なはずなものを新品で買わせる方法
マジカル伝染効果、あるいは接触履歴という現象が最も象徴的に現れるのは、中古品と新品の価格差です。人は、中古品を避け、中古品よりも新品に高いお金を支払います。 さて、これはなぜでしょうか?
いやいや、中古品は新品よりも品質が落ちているからだよ、とお考えかもしれません。たしかに、本や服など、誰かが使った後には、新品だったときよりも品質が落ちていることが多いですよね。しかし、テレビやオフィスデスクなど、それほど品質の落ちない中古品もあります。ストニー・ブルック大学のホワン氏らは、中古品を避けるのには、どうやら品質だけではなく、やはりマジカル伝染効果が影響していそうだ、というデータを報告しています※4。
ホワン氏らは、アメリカ国内で、どの州の感染症のリスクが高いかを調べました。感染症のリスクが高いほど、中古品を嫌う傾向があるのでは?と考えたのです。もし、中古品の問題が品質だけであれば、感染症と中古品嫌悪との間にはなにも関係がないはずです。ホワン氏らは、中古品の小売業者の収益データを入手し、感染症データとつき合わせました。その結果、ホワン氏らが予測した通り、感染症のリスクが高い州ほど、中古品の小売業者の売上が少ないというデータが得られました。一方で、新品を売っている店の売上は、感染症の蔓延度と関係していませんでした。
ホワン氏らは、次の研究で、インフルエンザの季節を感じさせるオンライン広告バナーを参加者に見せました。架空のAmazon.comスクリーンショットを作成し、こっそりと右上に広告バナーを紛れ込ませたのです。その結果、やはり、インフルエンザを感じさせるバナーが呈示されていた参加者では、新品の購入意図に比べ、中古品への購入意図が低下していました。「なにかが移されるかも」という伝染への懸念と、中古品を避ける傾向が関連しているというわけです。
「なにか」がモノへと伝染するという信念により、ケネディの巻き尺には高値がついた
実は、この中古品への忌避には例外があります。芸能人や政治家などが所有していたモノとなると、今度は「接触した履歴がある」方がむしろ購入意欲が増し、高い金額を払っても良いと思われるようになります。それも、長い間触れていたもののほうがいい。たとえば、ケネディ大統領が持っていた巻き尺、ブリトニー・スピアーズの噛んだバブルガムなどには、オークションでかなりの高値がつけられています。
そしてこれもまた、それが「将来高く売れるから」とか「自慢できるから」だけではなく、有名人の「なにか」がマジカルにモノへと伝染するという信念によるもののようなのです。
イエール大学のニューマン氏らは、人が、自分の尊敬している人の持ち物を買い取りたいと考えることを明らかにしました。そして、その購入意欲が大幅に低下するのは、買い取りの際に殺菌処理を受けて前の持ち主の痕跡を消す、という条件だけであることを発見しました。せっかく元の持ち主に繋がるモノが、殺菌されて痕跡が消されてしまっては意味がない、というわけです。一方で、転売を禁じられても、あるいは自分が所有していることを他人に言えない条件でも、購入意欲はほんの少し低下しただけでした※5。
一桁のシリアルナンバーに価値がある?
モノを通じて元々の持ち主と繋がる、という感覚は、どうやらシリアルナンバーにも表れているようです。私たちは、たとえば100個しかない 限定品を手に入れるとき、100番中003番のシリアルナンバーを持つ品の方を、097番のシリアルナンバーを持つ品よりも価値が高いと判断します。わかる!とお思いの方も多いのではないでしょうか。私も「わかる!」派です。ところが、それはなぜですか?論理的に説明してください、と言われると、これがなかなか難しいのです。なんとなくその方が価値があるような気がするから、としか言いようがありません。
イエール大学のスミス氏らは、これもやはりマジカル伝染効果によるものだと述べています※6。たとえ同じ日に制作されたモノであっても、それでもやっぱりシリアルナンバーが1に近い方が、より制作者に近いと感じられるからだ、というのですね。
スミス氏らは、ビートルズのWhite Albumというアルバムの中古オークションデータを分析し、シリアルナンバーが1に近いほど高く売買されていることを発見しました。最も高値がついたのはもちろんNo.1。数字だけでもビートルズに近づきたいのでしょう。みなさん、もしお手元に限定版のなにかがあれば、シリアルナンバーを確認してみるといいかもしれませんよ。
素晴らしい成績の人のモノを触ると自信がつき、パフォーマンスが高くなる
さて、ここからは眉に唾をつけて聞いていただきたいのですが、どうやらこのマジカル伝染効果、パフォーマンスにも影響するというのです。すごい人の触れたモノを触ったら、触った人のパフォーマンスが上がるだなんて、信じられますか?
ヴァージニア大学のリー氏※7は、参加者に、有名なプロゴルファーのパターを使ってゴルフをしてもらうと 信じさせました。その結果、参加者は、ゴルフの穴の大きさをより大きく感じていました。つまり、簡単に入りそうだと思っていたのです。そしてさらに、より多くのパットを沈めるなど、実際のパフォーマンスも高くなっていたというのですね。
この、「素晴らしい成績の人のモノを触ると自信がつき、実際のパフォーマンスが高くなる」という結果は、クリエイティブな発想をする課題でも見られています※8。研究者たる私は、そんな効果が本当にあるだなんてまだ心からは信じていませんが、でも、もし誰か素晴らしい著者の人で私にペンやキーボードを譲ってくださるというお申し出があるようでしたら、受け入れないものでもありません。なにとぞよろしくお願いいたします。
参考文献
※1. Hood, B. M.、 Gjersoe, N. L. , Donnelly, K. , Byers, A. & Itajkura, S. Moral Contagion Attitudes towards Potential Organ Transplants in British and Japanese Adults. J. Cogn. Cult. 11, 269–286 (2011).
※2. Rozin, P. , Millman, L. & Nemeroff, C. Operation of the laws of sympathetic magic in disgust and other domains. J. Pers. Soc. Psychol. 50, 703–712 (1986).
※3. Huang, J. Y.、 Ackerman, J. M. & Newman, G. E. Catching (Up with) Magical Contagion: A Review of Contagion Effects in Consumer Contexts. Journal of the Association for Consumer Research 2、 430–443 (2017).
※4. Huang, J. Y.、 Ackerman, J. M. & Sedlovskaya, A. (De)contaminating product preferences: A multi-method investigation into pathogen threat’s influence on used product preferences. J. Exp. Soc. Psychol. 70, 143–152 (2017).
※5. Newman, G. E. , Diesendruck, G. & Bloom, P. Celebrity Contagion and the Value of Objects. J. Consum. Res. 38 、 215–228 (2011).
※6. Smith, R. K. , Newman, G. E. & Dhar, R. Closer to the Creator: Temporal Contagion Explains the Preference for Earlier Serial Numbers. J. Consum. Res. 42, 653–668 (2015).
※7. Lee、 C. , Linkenauger, S. A. , Bakdash, J. Z. , Joy-Gaba, J. A. & Profitt, D. R. Putting like a pro: the role of positive contagion in golf performance and perception. PLoS One 6, e26016 (2011).
※8. Kramer, T. & Block、 L. G. Like Mike: Ability contagion through touched objects increases confidence and improves performance. Organ. Behav. Hum. Decis. Process. 124, 215–228 (2014).