問われているのは能力なのか意図なのか。「やろうと思えばできたんです!」がマズい理由
昔のことですが、友人から「上司の気持ちがまったく理解できないので、心理学的に説明してほしい」と相談されたことがあります。詳しく聞いてみたところ、「なんでこんな簡単なことができないんだ!どんな勉強をしてきたんだ!」と叱責されたので、「違うんです、やろうと思えばできました!」と弁解したところ、なぜか逆にとても怒られた、とのことでした。
……そりゃ、そんなこと言ったらこっぴどく怒られるだろうなぁ、と思いました。幸いにも当時私にはこの件に関連する知識があったので、彼に丁寧に説明して差し上げました。
「君は、上司の叱責を自分の『能力』へのものだと思ったんでしょう? だから『やろうと思えばできた』と言えば『ああこいつにはこの仕事の遂行能力があるんだ』と安心して、納得してくれると思ったんだね。でもね、上司は、あなたのやる気、専門的にいうと『意図』を問題にしているわけ。だから『やろうと思えばできた』なんて言ったら、『やる気がなかったんです!』と強調したことになる 。たぶん、君の言ったのとは反対に『やる気はあったんですが……僕の力不足です』とでも言ったほうが、ずっと印象は良かったと思うよ」
彼は目からウロコを落とし、「『どんな勉強してきたんだ』って言ってたのに、能力の話じゃなかったの!? 俺、上司にケンカ売ったことになってる??」と絶望していましたが、それはともかく「能力があればできた」と「意図があればできた」は、全く別物だということがおわかりかと思います。
「信用」という言葉で違う内容を表している
なぜ彼の問題がすぐに理解でき説明できたかというと、北海道大学の故・山岸氏が書いた『信頼の構造』※1という本を読んでいたからなのでした。山岸氏は著書の中で他人を信用するときに、「能力」を信用するのと「意図」を信用するのは違うということを指摘しています。たとえば、あの弁護士は信用できるというとき「腕がいい」つまり能力を信用できるのか、「嘘をついてお金を巻き上げたりしない」つまり意図を信用できるのかは、違う「信用」の話をしているというのですね。
私たちは同じ「信用」という言葉で違った内容を表しています。ということで、ここから先はわかりやすく、能力への信用を「有能だという信用」、意図への信用を「いい人だという信用」と言い換えましょう。
笑顔はその人の有能さを低く見せてしまう
さて、この「信用」についての議論と対応するように、私たちは他人を評価するとき、他人の「有能っぽさ」と「いい人っぽさ」 の2つの次元を特に気にしているようだ、ということが、繰り返し報告されています※2。これは他人に限りません。私たちは、自分自身への印象をコントロールするときにも、有能でいい人であることをうまく他人に印象づけようとします。
ところが、残念なことに、有能さといい人っぽさを同時に印象づけるのはなかなか難しいようなのです。代表的なのが「笑顔」です。笑顔を見せる人はいい人っぽいと思われやすい、という研究は、1940年代から存在しています※3。しかも、微笑みよりも満面の笑みの方がいい※4。素晴らしいですね。では常に笑顔をふりまいていればいいかというと、残念なことに笑顔はその人の有能さを低く見せてしまうようなのです※4。有能そうだと思われたければ、逆に満面の笑みよりは微笑みの方がいいということになります。
さらにプリンストン大学のホロイエン氏らは、いい人だと思われるよう指示された参加者は、自分の有能さを低く見せるような言葉遣いをすることを好むことを発見しました※5。一方、有能な人だと思われるよう指示された参加者は、自分のいい人っぽさを低く見せるような言葉遣いをすることを好んでいました。有能さといい人 っぽさは、どちらかしか強調できない、言い換えれば、片方を強調したければもう片方が低いことを強調しなければいけない、という、難しいトレードオフ関係にあるようです。
政治家のポスターから当落がわかる!
ところで、有能さといい人っぽさのどちらかしか選べないとしたら、私たちはいったいどちらを強調した方がよいのでしょうか。これに答える前に、政治家の選挙結果が候補者のポスター写真からある程度予測できる、という研究を紹介したいと思います。なになに、面白そうだけど話に関係ないじゃないか、と思われるかもしれませんが、あとで話がつながってきますので、少しだけお付き合いください。
「政治家の顔」実験として有名なこの研究を行ったのは、プリンストン大学のトドロフ氏と、その共同研究者たちです※6。トドロフ氏らは、参加者に、米国上院、下院の候補者の「能力」を、顔写真から推測するように求めました。このとき呈示された顔写真は、選挙を一位で通過した政治家と、次点で惜しくも負けてしまった候補者のものでした。実はこの政治家の中には、当時まだ無名だったバラク・オバマ氏が含まれていたという小話もあるのですが、それはそれとして、結果はどうなったでしょうか?
顔写真を見ただけで回答されたはずの、候補者の推定「能力」値は、実際の選挙の勝敗を予測していました。当選した人の方が、次点だった人よりも推定能力値が高かったケースが、だいたい7割前後だったそうです(有能っぽさと得票差の相関係数が0.58でした)。さらに面白いことに、推定能力値が高いほど、次点の候補者との得票比率 差が大きい、つまり大勝していた、という関係もあったそうです。私たちは、政治家を選ぶときには政策を重視するようにと言われたりするわけですが、実のところ、ポスター写真から得られた印象にも、ずいぶん引きずられているようなのですね。
ほうほう、有能そうな写真にすれば選挙で勝てるのか!と思った政治家の先生、ちょっとお待ちください。
日本人では「有能そう」は評価されにくい!?
トドロフ氏らの研究はあくまでアメリカの選挙結果を元にしたものです。日本人は、政治家のポスター写真からは影響を受けていないかもしれません。ということで、アメリカの選挙と日本の選挙の結果を比較した研究が行われています※7。そして案の定、日本のデータからも政治家の顔写真が選挙結果に影響していることが示されました。
ただし、興味深いことに、この研究では、アメリカの候補者では、参加者から「有能そうだ」と評価されるほど実際の選挙で得票率が高かったのに対し、日本の候補者では参加者から「いい人そうだ」と評価されるほど実際の選挙で得票率が高かったという結果が示されています。つまり、アメリカで選挙に勝ちたければ、選挙ポスターでは「有能そう」に見せた方がい いけれども、日本で選挙に勝ちたければ、「いい人そう」に見せた方がいいということになります。
政治家のような、有能さが重視されそうな(そしてアメリカでは実際に有能っぽさが重視されている)職業でも、日本ではいい人っぽさの方が重視されるわけです。あくまで私の個人的な予測ですが、おそらく、他の職業でも、日本では有能さよりいい人っぽさの方が重視される傾向にあるのではないかなぁと考えています。
さてさて、ここまで読んでこられたみなさまは、私のことを信用できると思われたでしょうか? その信用は、能力への信用でしょうか。それとも意図への信用でしょうか。日本で生きている私としては、できれば「いい人っぽい」と思われていますように、と祈っておきましょう。
参考文献
1. 『信頼の構造──こころと社会の進化ゲーム』山岸俊男(東京大学出版会 1998年)
2. Fiske, S. T., Xu, J., Cuddy, A. C. & Glick, P. (dis)respecting versus (dis)liking: Status and interdependence predict ambivalent stereotypes of competence and warmth. J. Soc. Issues 55, 473–489 (1999).
3. Thornton, G. R. The Effect Upon Judgments of Personality Traits of Varying a Single Factor in a Photograph. J. Soc. Psychol. 18, 127–148 (1943).
4. Wang、 Z., Mao、 H., Li, Y. J. & Liu, F. Smile Big or Not? Effects of Smile Intensity on Perceptions of Warmth and Competence. J. Consum. Res. 43、 787–805 (2016).
5. Holoien, D. S. & Fiske, S. T. Downplaying Positive Impressions: Compensation Between Warmth and Competence in Impression Management. J. Exp. Soc. Psychol. 49、 33–41 (2013).
6. Todorov, A., Mandisodza, A. N., Goren, A. & Hall, C. C. Inferences of competence from faces predict election outcomes. Science 308, 1623–1626 (2005).
7. Rule, N. O. et al. Polling the face: prediction and consensus across cultures. J. Pers. Soc. Psychol. 98、 1–15 (2010).