話し合いよりも強力な「やってる感」
御厨 安倍さんは、内政に関しても、いわゆる財政に関しても「仕掛け人」だった。政治は待っていてはできない。民主党政権の何が悪かったかというと、 話し合いばっかりやっていて、何も決められなかった、何かが変わるのを待っているうちに分裂しちゃったからダメなんだと彼は考えていました。
僕は安倍さんの政治をちょっと揶揄して、「やってる感の政治」だと評した。そうすると彼は「感」をとってくれと言う。「やってる政治なんだ」と言っていました。でもまさにそうなんですよ。やってる政治とやってる感の政治。つねに動いているんです。
だからスローガンもつねに新しくする。古くなったら取り替える。でもそれは単に看板の塗り替えだけではなくて、そこでもう一回みんなを奮い立たせているわけです。
そういう意味で言うと、地方創生に始まる一連の取り組みとか、アベノミクスに彼が固執した理由がわかるんです。日本経済を回し始めたのは自分だと彼ははっきり言いました。民主党政権時代に経済は止まっていた。それを自分は回したんだと。それだけでも立派な業績だと言うから、回しただけではダメなんじゃないですかと言ったら嫌な顔をしていましたけど。ただ、そこに効果が生じることは事実で、回していればまた変わっていくわけです。だから能動的に政治を動かしていくという点で、第2次内閣以降の約8年間はそれまでとはあきらかに違っていた。
田原 安倍さんは大事な問題である教育基本法の改正や、先ほどの集団的自衛権や特定秘密保護法など、それまでの首相ができなかったことをやりました。これはすごいと思います。ただ問題もあります。政策的なことで僕は安倍さんとたびたび議論も交わしました。しかし小泉政権以降、マネースキャンダルが出てこなくなったことで、森友学園や加計学園の問題が騒がれはじめた頃、僕はすぐに関心を持てず、取材をしていなかった。本来であれば、厳しく指摘すべきだった。桜を見る会を共産党が国会で取り上げた時、僕もこれは税金の私物化だと思って、当時官房長官だった菅義偉さんに自民党は腐っていると言った。かつての自民党であれば、税金を私物化する政治家が出てきたら、誰か実力者が怒って止めたはずだ。菅さんは、この件については弁解も反論もできないと僕に言った。そうなった原因は二つある。一つは野党が弱すぎること。二つ目は選挙制度が小選挙区制になり、執行部に公認されないと自民党の推薦をもらえないから、誰もが安倍さんのイエスマンになってしまったことです。
SNSで目立つ議員が、政治家としては弱い理由
御厨 たしかに与党総裁の力は強くなっていきましたね。ただ長期政権でなければできないこともあったとは思います。
田原 安倍政権は憲政史上最長の内閣ですからね。
御厨 長期政権はどうしても緩みが出ます。先ほどのお話にもあったように、野党が弱ければ、追及されても逃げられるから、後援会の費用を税金で賄ってしまえ、という話になってしまう。だけどそれはまずいわけで、そこのところをきちんとしないとやられるという感覚は昔の政治家にはあったんだけど、安倍さんになるとなくなってしまった。
田原 そこで聞きたいのですが、なぜ今の野党はこんなに弱いんですか。
御厨 それは本当にケンカしたことがないからだと思います。今の一人区で当選してくる議員はケンカをしないで、なるべく自分だけ目立って当選してきます。しかも後援会をつくりません。後援会をつくろうとすると、どうしても内部でケンカが生じます。それを収めていくような経験がないと、とてもではないけど政治家にはなれない。今はみんなそんな手間のかかるものをつくらないで、SNSやテレビを使うのが選挙だと思っているんです。そうすると安倍さんから見たら、こんな弱い政治家はいないなとなる。もう一つ、安倍さんが僕に今の若いのはダメだよと言ったことがあるんです。ダメだよと言ったって、あなたはダメな議員に頼って政権をつくっていますよね、と言いましたけど。その上で、一体何がダメなんですかと聞いたら、当選1回生、2回生、3回生が集まる昔からの会合がある。それに自分は時々顔を出すと。昔はどの会でもまだ抜きんでた者はいないけど、自然とみんな匂いでわかって、ある人の周りに輪ができることがある。その輪の中心にいるやつがこれから伸びていくんだなとわかる。事実としてそ れは当たっていたようです。それが今は、全員で大きな輪になっている。みんなで仲よく平等なんだと言って笑っているんです。この中から、本当にいい政治家は出ないと彼は言ったんです。出ないと困るでしょう、と言ったら、だから自分たちがしばらく頑張るんだと言っていましたね。
「生涯現役」の功罪
(中略)
田原 安倍派は会長がいない状況が続きます。先ほど話した通り、しばらくは集団指導体制になるのですが、かつて派閥の領袖だった森喜朗さんがまた出てくるという話もあるようです。
御厨 それも安倍さんが永世現役でやり続けたことの結果なんです。つまり長老たちがいつまでたっても引退しない。麻生さんなんか引退するどころか、活き活きと副総裁をやっているでしょう。他の人も元気だし、安倍さん自身だって総理をやめて最大派閥の長になりました。こんなケースは戦後政治ではありません。
田原 確かにあまり記憶にありませんね。
御厨 派閥に所属し続けるのはまだわかるけど、総裁を務めた人がまた派閥の長になることはほとんどない。麻生さんの場合も、総理経験者が副総理をやることにみんなが驚いていたのに、それを辞めたら今度は副総裁だと。そして、どんどん現役感が増すわけです。だから自民党政治が安倍さんになって何がよくなかったかというと、本人に能力があるのだからずっと現役で行こうとしたことです。しかも彼は一度敗れているから、第一次内閣の時に、彼の周りにいた官僚や政治家を、第二次内閣の時にもう一度起用した。その人たちを8年近く起用し続ける。8 年経てばみんな年を取る。その間に新陳代謝がなされていなかった。しかもそこに内閣人事局がつくられたことで、官僚は萎縮するし、権力が一部に集中してしまう。
たとえば今、自民党で何か事が起きるとします。その際、総裁選に一人ではなく、ほかにも誰か出そうとなると、以前なら普段ほとんど役に立たないで寝ているような政治家がその時だけバッと起き上がって党内部を席巻し、あっという間に千波万波をつくっていく。それまでなかったものがあったように対立構造ができるんです。今はそういうことをやった経験がみんなありません。そこで長老たちに聞くわけです、自分たちはこの人を立てたいんだけど、どうしたらいいでしょうかと。そんなことを聞きに行ったら、すぐ長老たちに抑えられてしまいます。そのため、上も下も鍛えられることなく、10年が過ぎてしまった。これからは本当に大変です。
求められる「元老」
御厨 敗戦からの約30年間を見る と、リーダーたちの中には「元老」となり、政治の第一線から一歩退いて、そこから全体の流れを見ていた人がいます。吉田茂がそうだったし、ある時期から岸信介もそうだった。そうなるためには、自分の派閥なんか持ってはいけないのです。政治をもう一度俯瞰した時に、たとえ自分がかつていた派閥に不利であろうが、政治全体はこうあるべきだということが言える。そういう政治的余白というのが戦前の日本にはあったし、戦後も昭和までは何人かの「元老」がいたわけです。岸のあとも、中曽根康弘は「大勲位」としてその役割を果たそうとした。平成以降の政治にはこの政治的余白がない。
田原 「元老」と言われていたのは、西園寺公望ですね。
御厨 そうです。西園寺さんが面白いのは、彼は元々政友会総裁です。だから政友会に愛着があるはずなんです。ところが政党政治の時代に、彼が一貫して肩入れしたのは、反対の民政党なんです。政友会はダメだ、あの党は堕落したと。政友会の議員は政友会の元総裁だから甘く見てもらえるだろうと思って西園寺参りをする。西園寺さんはそれがどんどんイヤになって、浜口雄幸たちがいる民政党の方がよほど政党政治らしいと思うようになっていく。そう思えたのは、彼がまさに「元老」という地位から見ていたからなんです。もちろん限界はあるけれど、今の政治家たちにこういうことはできないでしょう。だから倒れるまで走り続けて、その次のところに空白が生まれてしまう。今の政治の問題は下を育てないところにあります。
田原 昭和の政治は、西園寺がいなくなってからダメになったと言われています。
御厨 ええ、そうですね。
田原 そして負けるに決まっている戦争に突っ込んでしまう。
「今が大事」が未来を滅ぼす
御厨 大所高所でものを見て発言をするから、そこにはものすごく含みがあって。その含みを政治家が読み解いていく、というような世界が戦前にはあった。戦後も吉田茂が出てきた頃はそういうことができたけれども、今やそんなものはない。永遠の今なんですよ。今が大事で、今どうするか、ということしかない。
田原 将来どうするかがないんだ。
御厨 それがないんです。今一番の問題です。
田原 経済においても同じことが言えて、今、企業の内部留保がすごい。2021年の財務省の発表では、484兆円もある。なぜ内部留保がすごいかというと、経営者が貯め込もうとしているからではなく、将来どうなるか見通せないから設備投資ができず、賃上げも恐くてできず、どんどん積み上がっていくということのようです。
*この本文は2022年11月29日発売『日本という国家』(河出書房新社)の一部を抜粋し、ModernTimesにて若干の編集を加えたものです。