エジソンも感銘を受けた「たらい回し」
コロナ禍で深夜の都会を救急車が患者を搬送しても、受け入れてもらえずやむなく他の病院を転々と。こんな様子を患者の「たらい回し」とメディアでは呼ぶ。なぜこんな事態になるのか。たらい回しが生まれた背景を考える。
たらい回しはもともと大道芸の一つであったが、さ ほど歴史は古くない。見世物興行の演目の一つで天保二年(1831年)の辛卯見世物年表の図を見ると、床に寝そべった男子がたらいを縦にして両足に載せて回す芸だと分かる。後の明治五年正月に曲持(鉄割弥吉一座)大阪道頓堀若太夫芝居での演目に「元祖東京下り。足藝かるわざ 若太夫鉄割久吉・上乗り鉄割鶴吉・太夫鉄割熊吉・太夫本鉄割弥吉」とあって、鉄割一座の御家芸の一つだったことが分かる。この時の宣伝絵だと舞台に数人寝そべって、次から次へと足でたらいを回してゆく曲芸のようにも見える。こちらの方が天保の芸よりもふさわしい。足を使って回されるのは「人間」ではなく「たらい」だが、足蹴にされるたらいの身になって考えると、確かに腹が立つ芸だとも言える。複数の芸人がたらいを回すこの芸が「各所を転々と回される様子」に近いので、現在のメタファーの起源だと考えて良いのではないか。