声の好き嫌いはデータベースに照らし合わせて判断される
―― 「声の力とは何か」というところからお話を伺っていきます。先生には声にはその人のあらゆる「状態」が映し出されると著書にも書かれていましたが、その詳細を教えてください。
山﨑 まず、声には身体の状態がよく現れます。内臓の痛みも出ますし、例えば腰痛とか足の痛みなんていうのも声には出てしまいますね。あと、女性の場合は、生理とか妊娠といったことも声に現れます。ホルモンバランスが変わると、それはとても声に出やすいんです。
風邪をひいたときって、すぐに声でわかるじゃないですか。実は、私たちの声帯から出ている声は、一般の人もオペラ歌手も大差ないんです。声帯から出ている音は「声帯原音」とか「喉頭原音」と言いますが、ブーッという、とてもちっちゃな、つまらない音なんですよ。それが声帯より上の空間で共鳴することによって、それぞれの人の声の個性とか特徴、響きというのが作られるんです。その共鳴空間の一番大きな部分が「咽頭(いんとう)」と言われるところと口の中、それから鼻腔あたりです。
風邪をひくと、大抵この音が響くところに炎症が起きるんです。鼻がつまっている人の声ってすぐにわかりますよね。それは、鼻の穴に本来抜ける声が、鼻の中がつまっているがために、抜けないからなんです。あとは扁桃腺が腫れているとか。声が共鳴する部分って、ほんの2mmとか3mmで響きが 全然変わっちゃうんです。
風邪をひいていなくても、例えば腰がものすごく痛くて力が入らない、なんていうときにも声に出ます。腹筋が使えないと呼吸が保てないから、呼吸が弱くなってしまうなんてこともあるわけです。身体の異常は結構すぐに声に反映されてしまうんです。
だから声を聞いて、「いつもと違うんじゃない?」と思ったら、何か体に変化があったと考えるといいと思います。
―― 勘がよくて「あの人なんだか元気ないかもね」と言っている人は、声の機微を察知している可能性があると。
山﨑 そうです。もっと勘のいい人は、言葉ではいいことを言っているんだけど、嘘を言っているわね、ということもわかったりしますね。
―― 緊張でうわずったりするのがわかるということですか。
山﨑 そうですね。あと、人っておもしろくて、人を騙してしまおうとか、ちょっとこれはまずいから嘘を言っちゃうとか、そういう思考の動きって本当に声に出るんです。だから、まさしく「言葉は嘘をつけるけど、声は真実をさらしてしまう」ということが起きるんです。
―― 万人に好かれる声というのはあるのでしょうか。
山﨑 人間として心地よい音と心地よくない音というものはありますね。高い雑音の含まれた音はほとんどの人が不快に感じます。ガラスや黒板を引っ掻く音とかですね。
声に関しては、私たちは生まれてきたときから聞いてきた膨大な声のデータベースに照らし合わせて「好き」「嫌い」を判断することが多いのです。
声のデータベースを私たちはいちいち意識することはないのですが、無意識のうちに過去の出来事と結びつけて「この声の人とは反りが合わない気がする」といった判断をするんです。
私たちは「先入観でものを言ってはいけない」などと言うけれども、実は人の声を聞いただけで、「なんかこの人と関わると良くないことが起こる気がするな」と感じることはどうしてもあるんです。その人の脳の中にしっかりと作られたデータベースからデータを引っ張り出してきて、これは良くないことが起こるものだよ、と教えている可能性もあるんですね。
―― 記憶は一人ひとり違うものですから、そうすると万人がいいと思う声はあまりないということですか?
山﨑 そうですね、もちろん潰れたようなダミ声と澄んだ声を比較すれば、澄んだ声のほうがいいと思う人は多いでしょうけれど。声の好みについてアンケートをとってみたら、ダミ声が好きな人もいますし、本当にいろいろです。例えばオバマさんの声というのは、多くの人にいい印象を与える声ではありますけども、でも「あの声がとてもイヤ」と言う人もいるとは思いますよ。
日本人女性の声が世界一高い理由
―― 先生が「オーセンティック・ヴォ イス」と呼んでいる自然に近い声であれば、いろいろな人に好かれる可能性が残されますよね。対極にあるのは「作り声」です。「作り声」ってなんでしょう。いわゆるアイドルの子の話し方とか、店の客引きをやっている子の話し方というのがそれに入ってくるのかなと思うんですけど、甲高い、喉を絞ったような声のことでしょうか?
山﨑 まさにそうですね。でも人の聴覚って実は素晴らしくて、作り物ってちゃんと判断しちゃうんですよ。“作り声”でしゃべられると、「あ、この人は自分の本音を出していないな、すごく高い声にして、かわい子ぶっているな」とか、あるいはすごく自分を若く見せようとしているな、とか、弱く見せようとしているな、と感じてしまう。
高い声が表すものが何かというと、これはもう生物の共通認識として「体が小さい」ということを表しているんですよ。高い声が出るのはどういうことかというと、その共鳴させる部分が短い、それからまずはその発信源である声帯が短い。
例えば、ライオンの赤ちゃんも高い声でニャオーッって鳴きますね。だけど、オスの強いライオンがニャオーとは鳴かない、低い声でガオーッと鳴くわけで、それは体が大きくなれば、それだけ共鳴させる部分が大きくなる、声帯的なもとの声を出す音源のところも長くなる。だから、低い音が出る。
それは人間でも同じで、背が小さい――概ねですよ、背が小さくても声が低い人もいらっしゃいますけれども、一般的には背が小さければ声帯は短い。だから、どうしても一番元の発信源は短いから高い周波数が出てしまう、ということはあります。背が高け れば、声帯は長い。声道(せいどう)といって声の響く部分も長い。だから、低い声が出るということもあります。
つまり人は声を聞いただけで、ある程度の体格がわかるんです。あと、子どもは声帯も声道も短いから声が高いんです。だから高い声というのは、まだ子どもである、未成熟である、ということも表しているんです。
―― 日本人女性は声が高いとよく言われますが、実際にアジア人はアングロサクソンに比べたら小さいことが多いし、“かわいい文化”が養成されていて、そこに応えようとしている、ということですか?
山﨑 そうですね。日本人女性の声の高さというのは、ずっと同じように高かったわけではなく、女性アナウンサーの声が1985~6年くらいからガクッと下がったんですけどね。それでも1985年に出されたイギリスの論文で「日本人女性の声は世界一高い」ということが発表されているんです。なんでこんなに高くて、しかもきしむような声でしゃべるのかと――きしむような声、という印象を外国の人に与えているということなんですね。私の調査では85年から90年くらいまでは、たしかに日本人女性の声がちょっと低くなった時期ではあったんですけれども、その時期ですら、世界一高いというふうに言われていた。2000年以降はさらに声が高くなりましたから、要するに異常な高さだということです。
こう言うと男性の皆さんは反発されるかもしれないんですけれども、やっぱり日本というのは、昔から“三従”といって、これは江戸時代から言われていた言葉ですかね。女性は、子どものころには父に従え、大人になったら夫に従え、年 をとったら息子に従え、つまり一生、従っていろと(笑)。だから、男性というよりも日本社会が求める女性像がやっぱり男性を立てて、男性より3歩下がったところにいる――今、そんなことをする女性、あまりいないと思いますけどね。それでも男性と女性が同じ場にいたら、とにかく女性は甲斐甲斐しくスリッパを揃えたり、お茶を淹れたりするじゃないですか。男性が心地よく過ごせるようにするのが女性であると。だから自分のやりたいようにふるまい、低い声で自分の主張をズバッと言うと、「なんだ、こいつは」ということになるわけです。従順であるというのはイコール小さい、そしてできれば未熟である、日本男性が大変お好きである“若い女性”ということになりますかね。声でも「若い、未熟である、小さい」ということを示すのが、日本においては“従順”ということにつながっていたんですね。
だから、日本女性は無意識のうちに、そういうふうに自分を見せないと、と刷り込まれてきたということはあったと思います。
声に象徴されたウーマンリブ
―― 85年から90年に日本人女性の声が低くなったというのは、何か見当はついているんですか。
山﨑 はい、バブルです。あの時代は“キャリアウーマン”という言葉も出てくるほどバリバリ働く女性が増えた時代でした。日本人はお金をすごく持っていたので、外国に出ていく人も多かった。帰国子女が増えましたね。服装にも肩パットが入って、身体を大きく見せるようになったんです。
―― 強いことがネガティブにとられなかった?
山﨑 ええ。女性が堂々と強くなって、自分の個性や権利を主張しはじめて、男性と肩を並べて働けるように、ちょっとなっていった時代だったと思います。それまでは男性よりも背が高いキャスターってあまりいなかったんですが、あのころは背の高い女性もキャスターとして起用されていました。背が高いということは地声が低いんですね。だからあのとき、「あ、女性アナウンサーの声が随分低くなったな」って思いましたね。
あの時代は、CNNなんかも日本でどんどん見たり聞いたりできるようになりました。そのときにCNNの女性のキャスターはものすごく声が低いので、そういった影響もあったんじゃないかなと思います。
―― 女性の声の高さで社会のジェンダー格差が見えるかもしれません。
山﨑 そうですね、ジェンダーギャップの少ない北欧の女性の声ってめちゃくちゃ低いですからね。
―― 北欧の女性は背が高いことが多いので、それが影響している可能性があるのでは。
山﨑 もちろん体格差によるというところはあります。でも日本人だって160cmや170cmもあればまあまあ近い声が出るはずなのに、あえて高い声にしてしまっている。北欧やドイツ、アメリカなどでは本来の声よりもさらに低めに発声する傾向があります。
1年くらい前かな。アメリカでの調査で話題になったのですが、アメリカ人の男性がセクシーだと思うのは女性のどういう声か、といったら、とにかく低い声なんですって。女性の高い声はむしろ嫌われるということがわかっています。おもしろいですね、たぶん日本だと逆ですかね。
―― “いい声”とか“好かれる声”は、文化や社会圏によって異なるというわけですね。
声から社会革命を
―― 現代はフェミニストが頑張っている時代ですが、社会改革をしたいと思ったら、それはもしかしたら声から始まるかもしれないですね。
山﨑 実際にアメリカなんかもそうだったと思うんです。アメリカ人の30代の男性が言っていましたけれども、自分の母親――60代、70代くらいですかね。自分の母親の世代は電話に出るときに、ものすごく高い作り声でHelloって言っていた、と。だから、それは日本だけのことじゃなくて、ウィメンズリブとか、そういったことってアメリカから日本に伝わってきたじゃないですか。日本でウーマンリブと言っていた時代もありましたけれども、それが徹底して下火にならないで進んでいったのが、アメリカであったりヨーロッパであったり……。
おそらくどの国でもかつては男性が優位の社会だっただろうと思うんです。女性は後ろに引っ込んでいろと。ヨーロッパだって、女性が前に出てこられる時代になったのは、本当にここ50年くらいだろうと思います。20世紀初めまで、ほとんどの国で女性の参政権がなか ったですしね。コロナで女性の首相が見事なリーダーシップを見せてくれたニュージーランドは、19世紀末にいち早く女性参政権を獲得した国です。
―― それは声から、また変えられるかもしれない。
山﨑 そうですね。女性は後ろに引っ込んでいて男性を引き立てて、男性の世話をしていればいい、みたいな、そういったものに反旗を翻した方たちは、やっぱり自分の声でしゃべろうとしたんじゃないかと思います。男性あるいは男性社会に迎合した、高い作り声でしゃべっている限り、自分たちの解放はないな、って思ったんじゃないでしょうか。
背の小さい人は声が高い。それを無理して「こんな低い声、出せない」と言いながら出す必要はないんです。その人の声帯の長さの声でいいと思うんです。ただ、日本人女性は、本当に不必要なまでに高い声を作りすぎなんですね。
これ、男性もそうだと思うんです。女性の声が高くなると、男性もつられて声が高くなるんです。自分が自分でいられる声でしゃべれることが、一番大事だと思います。自分自身でいられる声を、もっとみんなが出していけるといいですよね。
(8/5公開記事に続く)
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