福島真人

福島真人

(写真:Song_about_summer / shutterstock

もう一つの科学リテラシー

子どものころに教科書に書いてあったはずのことが、大人になったころには否定されていたという経験を持つ人は少なくない。これは主に、後の研究で新たな学説が浮上し、そちらが有力だと判断されたためである。学説は常に変化している。確固たる真実を見つけることは容易ではないのだ。では私たちは、どのように知識や情報と向き合っていけばいいのだろうか。科学技術社会学の専門家、福島真人氏が綴る。

Updated by Masato Fukushima on August, 27, 2024, 5:00 am JST

科学も歴史学も、学説は変化する

近年、病気治療に関する従来のやり方に対して、大きな変化が見られる場面が少なくない。典型が糖尿病に関するものである。かつてはカロリーの過剰摂取が問題ということで、肉や油のようなカロリー高めのものは避け、白米などのあっさりした食事が中心だったという。しかし近年、血糖値スパイクという、食後の血糖値が急激に上がる現象が注目され、これを避ける方向に治療内容が変わってきた。そうしたスパイクの起きやすさを示すGI値のような指標を列記した書物すらある。そうなるとカロリーの低い白米よりも、血糖値を上げにくいチャーハンの方が良いということになる。

こうした治療法の変更の背景には、糖尿病をめぐる研究の深化があるのは言うまでもない。他方、こうした変更は、研究の現場では日常茶飯事である。自然科学や医学のケースに限らず、研究によって新たな事実が見いだされれば、それを支える理論、学説も変化する。またそれに呼応して新たな手続きも生じる。

人文系でもこうした学説の変化は様々な形で起こりうる。その例の一つが、近年の歴史学の急速な進展による、従来学説の歴史像の見直しであり、修正、あるいは全体的な書き直しといえる事例も少なくない。典型が織田信長のような歴史的存在のケースである。彼の有名な「天下布武」という印文は、もともと彼が天下統一を大目標にしていたと理解されていたようだ。しかし近年では、ここでいう天下というのは畿内を意味し、その地域の安寧を願ったもの、と修正されるようになった。これが一つの例であるが、従来メディア等で親しまれてきた彼のイメージが、必ずしも歴史的事実とはそぐわない、といった研究が進んでいるようである。

こうした歴史的研究の進展は他の多くの分野、時代でも進んでいるようで、対象によっては、慣れ親しんだ画像が実は別人のものだった(らしい)とか、はたまたその実在そのものに疑問符がつけられることもあるという。筆者の講読する新聞でも、そうした歴史像の大きな変更といったテーマを定期的に取り上げている。

学説は変化するからこそ、あえて「非決定」を選ぶことがある

また学説の変更による、特定問題への対処法自体の修正といった事例も枚挙に暇がない。科学技術社会学(STS)の文脈では、将来起こりうる学説の変化を見越して、現状での対策を一旦保留にし、変更可能な形に留めるケースについての研究もある。筆者の友人であるフランス人科学社会学者は、長年原子力廃棄物の貯蔵に関する政策を研究してきたが、それを「非決定」(indecision)の政治と呼んでいる。ここでいう非決定とは、英語ではwait and seeという成句に近い。いわば様子見の政治という意味である。

しかしこれは一時期元首相が呼ばれた、政界風見鶏という話ではない。核廃棄物はその放射能の半減期が種類によって万から億単位の年月が必要である。それゆえ、その貯蔵にはそれだけ長期の保存に耐えられる設定が要求される。他方、将来の研究の進展により、半減期が大幅に短縮される可能性も否定できない。そうした新たな知見に対応できるよう、現時点ではその手法が最終的な決定にならず、オープンな性格を持っているという点を分析したものである。

研究の持つこうしたダイナミックな性格は、STSがその初期から関心を持ってきた領域でもある。それが科学における論争研究という形で現れてきた。更に論争とその終結という過程が、アクターネットワーク理論における、ネットワークの不安定と安定といった図式、あるいはテクノロジーの社会的構築論(SCOT)における、初期テクノロジー開発の動態についての理論の骨格にも援用されてきた。他方、こうしたダイナミックな過程にはそれなりの副作用があるというのがここでの論点である。

実際、現在主流の学説も、更なる研究の進歩により修正される可能性は常にある。クーン(T.Kuhn)がかつて主張したように、こうした学説の変化は革命的、断続的に進む(いわゆるパラダイム転換)という話も巷では未だ人気がある。とすると、現在言われている話も、その寿命には限りがあり、いずれ登場する(かもしれない)新学説に取って代わられる可能性も否定できない。

実際、私の家族は(クーン学説を知る由もないが)、前述した近年の新血糖値学説とそれに対する対処法の変化について、微妙に懐疑的な姿勢を崩さない。先に紹介した「非決定」の政治ではないが、今流行の学説もいずれ変わるに違いない、それなら話半分に聞いていた方が身のためだというのである。

外部にいる人には、変化する学説はよくわからない

だが、こうした現行学説に対するある種の懐疑的な態度を、単純に一般人の非(あるいは反)科学的姿勢と断罪する訳にもいかない。それは科学の本質的にダイナミックな性格を一般社会がどう捉えているかという点に係わるからである。実際、一般人が持つとされる、いわゆる非/反科学的姿勢という、白黒二元論的な議論に対し、STSは慎重な分析的姿勢を維持してきた。研究における対象の細分化や、論争による学説のダイナミックな変化は、研究に大いなる活力を与える。他方、それを取り巻く一般社会にとっては、その内実が分かりにくいという印象を持っても不思議ではない。特に活発に研究が進んでいる分野での動向の急速な変化は、素人にはよく分からなくて当然である。

研究者側でも、このギャップについて気がついている場合もある。かつてある新規技術の研究者の会合を聴講した際、司会者が「我々は内輪では侃々諤々議論し、意見も対立するが、これを外の人に見せる場合は、気をつけなければならない。もっと一致団結している姿勢を見せる必要がある」という内容の発言をしていた。別稿でも紹介した、研究者のコミュニティ定義問題と似ている話である。

ここで指摘されたのは、多様な意見が交錯する現場と、それを外からみる場合の「みえ方」との関係である。それに関しては、「公衆の科学理解」(public understanding of science)という分野の研究がある。メディア等で表象される科学像の分析に加え、一般人が持つ科学に関する知識構造もその研究対象になる。これらの研究が示すのは、そうした知識が必ずしも誤解や偏見といったものに限定されず、場合によってはその知見に倣うべきポイントも少なくない、という事実である。

すべての研究は先行研究の修正を意図する

講義の風景
(画像:Matej Kastelic / shutterstock

どんな分野でも、研究の深化は多かれ少なかれ、従来の学説への批判、修正を含む。勿論、研究分野によってはそのスピードや変化の規模には濃淡がある。かつてある生物学者が、科学政策の議論を揶揄し、科学分野ではwhat’s new?というのが研究者のいわば挨拶だが、科学政策では、いつも同じような内容だ、とふざけてからかった文章を読んだことがある。しかし多分それは、こうした議論における背景の構造について、その生物学者が単に無知だったことを示す証拠である。

人文社会系では、こうした議論の修正、変化のスピードといった面と共に、もう一つ面倒な問題がある。それはテキスト論に多く見られるように、その研究共同体が合意できるための題材が、しばしば記録や文献といったものに限定され、しかもその存在が歴史的偶然に左右されがちだという点である。いうまでもなく、資料が残っていなければ、歴史的議論は極めて難しくなる。邪馬台国論争が良い例である。限定された歴史記述と乏しい物的証拠により、複数の学説間の論争が収束し、研究者集団が合意に達するという雰囲気はあまり見られない。

またそこに政治的な思惑が加わると、話が更にやっかいになる。例えば歴史研究では、修正主義という言葉が使われることがある。歴史的な定説に関して、ある種の政治的目的を元に、その書き換えを狙うというニュアンスの言葉で、たいてい悪い意味で用いられる。だがこの小文で主張するように、研究という営為は、先行する学説や事実をどれだけ乗り越えたかという点が評価されるものである。その意味では全ての研究は多かれ少なかれ先行研究の修正を意図する。しかしここでいう修正主義とは、例えばナチスの強制収容所の歴史的存在を否定するといった、殆ど無理筋のイデオロギー的態度という意味に近い。

とはいえ、前述した織田信長のイメージを修正しつつある近年の歴史学の活況を、修正主義的運動と批判する声は聞いたことがない。むしろ従来からある資料をより厳密に分析したり、新たな資料の分析によって従来学説の修正を試みているという正当な研究的態度であろう。では、文豪シェークスピア(W.Shakespear)の正体をめぐる論争はどうであろうか。この作家が現在いわれている人物ではなく、他の人物、例えば高い学識を誇り、海外在住の経験もある17代オックスフォード卿(E.de Vere)ではないかという論争である。フロイト(S.Freud)を含めた多くの人々が支持し、関連する映画やドキュメンタリーも出ている説であるが、彼の死後もシェイクスピアの名で作品が出版されており、専門家の間ではこの説の支持者は少ないという指摘がある。

科学リテラシーに終わりはない

だが問題はこの点ではない。この説を紹介した本の解説で、こうした議論を一種の修正主義的な議論として、その政治的な背景を解説者が分析しているという点である。実はこうした図式、つまり正しい理論/(政治的にバイアスがある間違った)修正主義的議論という対比は、前に科学社会学者ブルア(D.Bloor)が科学者自身の論争の中で見いだしたレトリック構造に似ている。つまり (自然を虚心坦懐に分析した自分の)正しい議論/(政治その他の社会的バイアスで歪んだ)相手の間違った議論、という図式である。図式の左右に自然/社会(政治その他)という主張が出てくる様子をブルアは「非対称的」な論法と呼び、それに対して、自分は両方とも社会的に説明すると主張して多いに揉めた。だが、ここで言いたいのはその点ではない。

こうした非対称的な議論(論難)は、自分の議論と異なるあらゆる議論、異論に対して使いうるという点である。私は少なくとも、強制収容所否定論はいかにも無理筋の論法だと思うが、シェイクスピアの正体についての異論を、修正主義と呼ぶのは変だとも感じる。この異論は従来の説についての難点を攻撃するもので、それが学界の主流になるためには前述した弱点等を克服する必要がある。その点では説として限界があるものの、それが政治的利害で行われているというのは変だ。異論が出てくるのは正論が弱いからである。

このことは、我々がこの非対称的な図式を、どんな異論についても乱用することの危険を示している。原則的に、全ての学説は修正しうるし、専門家が納得するような新たなデータ等が出てくればなおのことである。やっかいなのは、こうした学問的挑戦と、政治的思惑が混線しがちだという点である。特に歴史的文脈では、現在定説とされているものにチャレンジすることは、学術的には正当だが、政治的には揉めるというケースは少なくない。しかし繰り返すが、すべての研究は、従来の学説への修正を意図する。そこに政治的意図がある、ないといった論難は慎重にすべき問題である。

科学リテラシーが本質的に困難なのは、単にそれが特定分野の専門知識がある、ないといったレベルに止まらないからである。それを生み出す様々な制度的仕組みについての理解をもそこでは必要とされる。その意味では科学リテラシーに終わりはない。自らの理解についての絶えざる反照的(reflexive)なまなざしが要求されるからである。

参考文献
『ここまでわかった「革新者」の実像』日本史史料研究会編(洋泉社 2014年)
『シェイクスピアは誰だったか』R.F.ウェイレン 磯山甚一、坂口明徳、大島由紀夫訳(法政大学出版局 1998年)
Y. Barthe(2006) Le pouvoir d’indécision. La mise en politique des déchets nucléaires, Economica, Paris.