〝物理学帝国主義〟的発想法が世界を変えていく
イーロン・マスクは、2002年のスペースX起業当初から、火星への移民を可能にする、と語ってきた。小さな衛星のために小さなロケットを開発しようとするベンチャーのトップにしては、誇大妄想的発言だが、彼は大まじめであった。
彼は常に「原理原則に立ち戻る」という方法で物事を考える。それはなによりも現実世界の科学的理解に基盤を置いており、他方で今の人類社会の様々な状況についてはあまり考慮していない。「物理学帝国主義」と形容できるかもしれない。
火星移民は、「地球の表面に居住するだけで、文明は安定して長期間存続できるか」という根源的な設問から始まっている。答えはNoだ。恐竜滅亡の一因となった可能性もある小天体の地球衝突、白亜紀末期にインドのデカン高原を形成したような特大規模の噴火やそれにともなう気候変動、あるいは人為的な全面核戦争―地球上の文明を一気に滅亡させる事象はいくつも考えられる。
そのような災厄から文明を守り、さらに発展させるにはどうするべきか。地球以外の場所に文明のバックアップを作ればいい。
では、どこに。火星だ。
火星の表面重力は地球の6割ほど。1日は、24時間40分ほどで地球とほぼ同じだ。表面の気温は零下30°Cから30°C。厳しいが耐えられないほどではない。大気は薄く、そのほとんどが二酸化炭素。酸素は含まれていない。が、二酸化炭素から酸素を取り出すことはできる。住めなくはないだろう。
イーロン・マスクは原理原則で押す
火星移民を実施するためにまず何が必要か。ロケットだ。だから、ロケットを開発して運用する。それが2002年のアメリカという国で実際にできるかどうかは関係ない。やらねばならないと考えるからやるし、持てる資金はすべてそのために注ぎ込む。
彼にとってファルコン1は、火星に人類社会のバックアップを作るための第一歩だったのである。
火星に大規模移民するためには、大量のロケットを打ち上げる必要がある。そのためにはロケットの打ち上げコストを劇的に低下させなくてはいけない。
ここでも彼は、原理原則に立ち戻って考える。ロケットのコストは機体が9%で、推進剤が1%だ。その機体を1回使っただけで海に落とし、使い捨てにしている。機体を回収して再利用し、推進剤を詰めて打ち上げることができれば、打ち上げコストは1/100になるはずだ――。
実際にはそんな簡単な話ではない。回収にはコストがかかるし、再度の打ち上げまでに整備が必 要ならそのコストもかかる。回収と再利用のための設備を整備するコストも必要だ。スペースシャトルは、オービターと固体ロケットブースターを回収再利用したが、そのためのコストが使い捨てにするよりもはるかに大きくなってしまい、失敗した。
しかしイーロン・マスクは原理原則で押す。原理的には回収再利用は可能であり、回収再利用によりコストが低下することも間違いない。回収と再利用に新たなコストがかかるというなら、コストを圧縮する方法を考えるべきだ。
結果、ファルコン1の第1段は、パラシュートを搭載し、回収可能なように設計された。
ファルコン1は、最初の3回の打ち上げに失敗し、4回目でやっと成功。5号機では、商業打ち上げに成功した。普通ならば、どんどんファルコン1の打ち上げを行っていくべき局面だ。しかし5号機は同時に、ファルコン1の最終号機にもなった。宇宙輸送系ベンチャーを巡る米国内の環境が劇的に変化したためである。変化の根源には、スペースシャトルと国際宇宙ステーション(ISS)、そして米大統領府の方針転換が存在した。
激変した宇宙開発環境
1998年、ロシアも計画に加わったISSの建設が始まった。同年11月に最初に打ち上げられたのはロシアの「ザーリャ」モジュール。続いて12月にはスペースシャトル「エンデバー」が最初のアメリカモジュール「ユニティ」を輸送してザーリャとドッキングさせた。2000年7月、ロシアの「ズヴェズダ」モジュールが打ち上げられて軌道上のザーリャとユニティにドッキングした。ズヴェズダは旧ソ連が計画していた「ミール2」宇宙ステーションで、ステーション機能の根幹を担う予定だったモジュールで、宇宙飛行士の長期滞在用設備を搭載していた。ズヴェズダの打ち上げで、ISSは宇宙飛行士の長期滞在が可能になり、同年11月にはISS第一次長期滞在クルーが乗り組んで、ISSの有人運用が開始した。
アメリカは、ISSの組み立て開始以降、スペースシャトルの運航目的を基本的にISS組み立てのみに限定した。ISSのモジュールやトラス、太陽電池パドルなどの構成要素は、スペースシャトルでの打ち上げを前提としており、他のロケットではできなかったからである。ISS計画は、当初の1992年完成予定から大幅に遅れており、順調に各要素を打ち上げて早期に完成させるには、シャトルの全輸送能力をISS組み立てに利用する必要があった。最終的にISS完成までに、スペースシャトルは39回のISSへの飛行を実施した。
が、ISS優先の運航スケジュールを組む中で、実施が遅れる宇宙実験が増えてしまった。そこでNASAはスペースシャトルのフライトを1回、シャトルに宇宙実験室を搭載した宇宙実験フライトに割り当てることにした。宇宙実験専用の飛行はフライトナンバーSTS-107で、オービターは「コロンビア」が使用された。
STS-107「コロンビア」は、2003年1月16日に打ち上げられ、16日間のフライトスケジュールを順調に消化し、2月1日に帰還の途に就いた。が、コロンビアが地表に帰還することはなかった。大気圏に再突入したコロンビアは北米大陸上空で空中分解し、リック・ハズバンド船長以下7名の宇宙飛行士の命が失われた。
事故原因は、打ち上げ時にシャトル外部タンクから剥がれた断熱材がオービターの翼前縁に衝突し、前縁の熱防護材を破損していたためだった。大気圏投入時に高温となった高層大気プラズマが破損の穴から機体内に侵入し、機体構造を破壊したのである。チャレンジャー事故以来の機体喪失で、またもアメリカの宇宙開発は大きな足踏みを強いられた。最大の問題は、設計目標とはうらはらの高い運航経費が必要で、2度も大事故を起こし、かつ1981年の初飛行から20年以上が経過して老朽化が進みつつあるスペースシャトルを今後どのように扱うかであった。
2004年1月、ブッシュ米大統領は、新しい宇宙政策を発表した。スペースシャトルは、ISS建設にのみ使用し、完成後に引退させる。代わってアメリカは新たな有人月探査計画を立ち上げ、そのための新しい有人宇宙船とロケットを開発する。新しい有人宇宙船は2008年に試験飛行を行い、2014年から有人飛行を行う。新宇宙船はISSの宇宙飛行士の往復にも使用する。ISSは2017年で運用を終了させ、2020年までに有人月着陸を実現する――。
シャトルとISSに見切りをつけて、新規まき直しでアポロ以来の有人月探査計画を立ち上げようという内容だ。
ブッシュの新宇宙政策から、NASAにとって新たな課題が発生した。ISSを2017年で運用終了するのはいいが、運用期間中の補給物資の輸送はどうすればいいのか。有人輸送は新宇宙船(後に「オリオン」と命名された)を使うというが、それで補給物資を運べるわけではない。また、2017年に運用終了といっても、国際パートナーとの交渉もあるし、ブッシュの後継政権でのちゃぶ台返しがある可能性も否定できない(実際、2024年現在もISSの運用は続いており、2030年までの運用が確定している)。とすると、NASAとしてはシャト ル引退以降のISSへの補給物資の輸送手段を確保する必要がある。
ここでNASAは、思い切った手段を取った。従来ならばNASAが主体となって物資輸送船を開発するプロジェクトを立ち上げたところを、民間企業に巨額の補助金をつけて物資輸送船開発を競わせたのである。「開発資金を補助金としてつけるから、物資補給船を作ってこい。出来が良ければ買い上げて、実際にISSへの物資補給に使う」という手法だ。
これにスペースXは応募し、採用されたのである。
ファルコン1からファルコン9への飛躍
物資補給船開発の補助金計画「COTS (Commercial Orbital Transportation Services 商業軌道輸送サービス)」は2006年1月に発表された。この時点で、スペースXのファルコン1はまだ初号機を打ち上げておらず、同社はファルコン1の次のステップとして、第1段にファルコン1第1段のために開発した「マーリン」エンジン5機を使用する、より大きな衛星打ち上げ用ロケット「ファルコン5」を検討していた。が、スペースXの立ち上げにあたってイーロン・マスクの用意した資金はロケット開発には十分ではなく、同社は更なる資金を必要としていた。スペースXにとって、COTSはまさに干天の慈雨だったのである。
COTSは、ISSへの物資補給船と、それを打ち上げるロケットの両方の開発を要求していた。つまり、COTSの補助金を獲得できれば、スペースXはNASAから、ISSへの物資輸送という安定した官需を獲得できるだけではなく、ファルコン5を超える大型の衛星打ち上げ用ロケットが開発でき、それを使って世界の商業打ち上げ市場へ本格的に参入することが可能になる。
ただし、COTS用大型ロケットは、開発中のファルコン1の技術要素を最大限に利用し、低リスクで開発できなくてはいけない。
そこで出てきたのが、「マーリンエンジンを第1段で9基、第2段に1基使用する2段式の大型ロケット」、後の「ファルコン9」ロケットだった。ロケットエンジンの新規開発は、新ロケット開発にあたって最大のリスク要因である。ファルコン9はすでに完成しつつあるマーリンエンジンをそのまま使うので、開発にあたってのリスクはそれだけ低くなる。
スペースXは、ファルコン9と、大気圏再突入可能なカプセル型宇宙船「ドラゴン」の組み合わせで応募した。
COTSにはボーイングのような大手から、ぽっと出のベンチャーまで様々な企業が応募したが、第1段階でスペースXと、1990年代の成功者であるオービ タル・サイエンシズ(OSC)、そしてスペースXと同じくベンチャーのロケットプレーン・キスラー社が選定された。その後キスラーが脱落したため、COTSはOSCとスペースXの2社が担うことになった。
COTSの補助金が入ったことで、スペースXはファルコン9の開発を行うことができた。2010年6月、ドラゴン物資補給船のテスト機を搭載したファルコン9初号機が、フロリダ州のケープ・カナヴェラル空軍基地から打ち上げに成功した。
ファルコン9初号機は、地球低軌道に約9トンの荷物を打ち上げる能力を持っていた。これは、日本のH-IIAロケットの10トンよりやや小さめだ。ただし、日本は1969年の宇宙開発事業団(NASDA)設立から、この規模のH-IIロケット(1994年初号機打ち上げ)を打ち上げるまで、25年かかった。スペースXは、2002年の起業から8年で、同規模のファルコン9を打ち上げるまでになったわけだ。この開発速度は、「ファルコン1」から、同型エンジンを9基束ねた「ファルコン9」へというロードマップが、技術的に理に適った合理的なものであったことを示している。
最終的にスペースXの「ドラゴン補給船・ファルコン9ロケット」が2012年から、OSCの「シグナス補給船・アンタレスロケット」が2013年からISSへの物資補給に用いられるようになった。
しかし、ファルコン9の完成は、スペースXにとって到達すべき最終目標ではなかった。逆に、ファルコン9初号機の打ち上げ成功から、同社はさらに速度を上げて、それまでの宇宙開発とは全く異なる、それこそ“異次元の速度〟で技術開発を進めていくのである。
この本文は『日本の宇宙開発最前線』(扶桑社)から抜粋し、一部の見出しを変更・加筆したうえで公開しています。