ノーミュージックノーライフ……とは限らない
人間は、大きく2つに分けることができます。音楽がなければ生活できない人たちと、音楽がなくても生活していける人たちです。ちなみに、私は完全に後者です。わざわざ音楽を聴かなくても平気ですし、コンサートに行くのなんかも時間やお金もかかってもったいなさそうと思ってしまいます。これに対して、わかってないぞとか、そうじゃないでしょうとか思われる方もたくさんいらっしゃると思います(残念ながら、音楽が生活に不可欠な人の気持ちがまったくわからないので、この推測すらもズレているかもしれません)。
ケムニッツ工科大学のシェファー氏は、自分自身について思いを巡らせたり、気分を盛り上げたり、気持ちを切り替えたりといったように、なにかし らの目的を持って音楽を聴く人ほど、そして過去に目的に沿った音楽を聴いて実際にそれが達成された人ほど、音楽を頻繁に聴くという結果を報告しています ※1。実際のところ、音楽をほとんど聴かない私には、音楽を使って自分の考えや感情に変化を起こすという発想がまったくありませんでした。シェファー氏の研究を信じるならば、世の中には音楽で自分の心を調整する人がそれなりにいるのでしょう。私の知らなかった世界です。
人は、23.5歳だったときに流行ったポップミュージックを好む
また、おそらくこれは多くの人の感覚とも合うと思われるのですが、別の研究では、若者ほど音楽を必要とする程度が強いことも指摘されています ※2。9000人以上を対象に実施されたイギリスの調査によると、18歳では週に平均25時間(1日あたり3.6時間)音楽を聴いているのに対し、58歳では週に平均12時間(1日あたり1.7時間)しか音楽を聴いていないという結果になっていました。また、13歳時点では41%の人が「音楽は人生に重要だ」と考えていたのに、人生を経るに連れて音楽への情熱は冷めてゆき、65歳になっても人生に音楽を必要としているのはわずか15%なんだそうです。
ちなみに、人はいつまで経っても自分が23.5歳だったときに流行ったポップミュージックを好む ※3 という研究もあります。正確には、「何歳の参加者でも、その人が23.5歳のときに流行った音楽を中心に、逆U字型の選好が見られる」という結果なのですが、みなさま、お心当たりはおありでしょうか。
一時的な痛みも慢性的な痛みも、音楽で和らぐ
日常的に音楽を聴く 人も、そうでない人もいることがわかったところで、音楽の効果をもう少し掘り下げたいと思います。自分の考えや感情を調節するために音楽を聴く人がいるという話はすでにしましたが、それに加えて、音楽には痛みの緩和効果もあるというのです。
冷たい水に手をつけるなどの方法で参加者に実験的に痛みを与え、この痛みが音楽を聴くと緩和するかを調べた研究では、一貫して音楽による鎮痛効果が見られています ※4。また、実験的に与えられた痛みだけではなく、音楽が外科手術の痛みを軽減することも繰り返し報告されています ※5。本人には意識のないはずの全身麻酔の場合でも音楽の効果があるというのですからすごいですよね。さらに、冷水や手術などの一時的な痛みだけではなく、慢性の痛みにも音楽は効くようです ※6。
なお、単に音楽であればなんでも良いわけではなく、自分の好きな音楽を聴いたときの方が、他の人が選んだ音楽を聴いたときよりも、痛みの緩和効果が大きいことも示されています※7。不思議なのは、手術の痛み、つまり一時的な痛みについて調べた研究では自分で選んだ音楽かどうかかの違いはなく ※5、一方で慢性の痛みについて調べた研究では自分で選んだ音楽の方が鎮痛効果が大きい ※6 ということです。しかたがないので、手術のときには変な音楽を流されても許してあげましょうか。
音楽をよく聴く人ほど、寝つきが悪い!?
さて、最後に、音楽視聴による悪い効果も紹介させてください。睡眠への悪影響です。
誰しも、音楽が耳にこびりついて離れないという経験があるかと思います。歌や曲の一部が何度 も何度も頭の中で繰り返されて、止めようと思っても止められない。そうした状態を、英語ではイヤーワーム(earworm: 耳の虫)と呼びます。ご想像の通り、音楽をよく聴く人では音楽をあまり聴かない人に比べてこのイヤーワームが生じやすいのですが、特に違いが大きくなるのが睡眠時のイヤーワームだそうです。音楽を聴く人は睡眠時のイヤーワームを経験しやすく、そして、睡眠時のイヤーワームはイライラの元になりやすい ※8。
興味深いことに、多くの人は音楽を聴くと睡眠が良くなると思っています。ところが本当は反対で、音楽をよく聴く人ほど睡眠時のイヤーワームに悩まされ、寝つきが悪くなり、睡眠の質が低下し、日中の眠気が強くなってしまいます。しっかりと質の良い睡眠をとって、シャキッとした昼を過ごしたいなら、あまり音楽は耳に入れない方が良いのかもしれません。
ところで、突然の自己紹介になりますが、わたくし、痛みにはわりと強く、一方で睡眠不足にはめっぽう弱い人間です。この記事を書きながら、ああなるほど、本当に私の人生には音楽はそれほど必要なかったのかもなぁと再確認した次第でした。
参考文献
※1. Schäfer, T. The Goals and Effects of Music Listening and Their Relationship to the Strength of Music Preference. PLoS One 11, e0151634 (2016).
※2. Bonneville-Roussy, A. , Rentfrow, P. J. , Xu, M. K. & Potter, J. Music through the ages: Trends in musical engagement and preferences from adolescence through middle adulthood. J. Pers. Soc. Psychol. 105, 703–717 (2013).
※3. Holbrook, M. B. & Schindler, R. M. Some Exploratory Findings on the Development of Musical Tastes. J. Consum. Res. 16, 119–124 (1989).
※4. Lu, X. , Yi, F. & Hu, L. Music-induced analgesia: An adjunct to pain management. Psychology of Music 49, 1165–1178 (2021).
※5. Hole, J. , Hirsch, M. , Ball, E. & Meads, C. Music as an aid for postoperative recovery in adults: a systematic review and meta-analysis. Lancet 386, 1659–1671 (2015).
※6. Garza-Villarreal, E. A. , Pando, V. , Vuust, P. & Parsons,C. Music-Induced Analgesia in Chronic Pain Conditions: A Systematic Review and Meta-Analysis. Pain Physician 20, 597–610 (2017).
※7. Basiński, K. , Zdun-Ryżewska, A. , Greenberg, D. M. & Majkowicz,M. Preferred musical attribute dimensions underlie individual differences in music-induced analgesia. Sci. Rep. 11, 8622 (2021).
※8. Scullin, M. K. , Gao, C. & Fillmore, P. Bedtime Music, Involuntary Musical Imagery, and Sleep. Psychol. Sci. 32, 985–997 (2021).