暮沢剛巳

暮沢剛巳

1970年大阪万博のシンボル「太陽の塔」。

(写真:kuremo / shutterstock

課題解決のためのアプローチ「万博思考」とは

美術評論家の暮沢剛巳氏は、万博が積み上げてきたメソッドを使い課題解決を図る「万博思考」というものを提唱している。その考え方のベースを紹介する。

Updated by Takemi Kuresawa on December, 15, 2023, 9:00 am JST

万博とは「世界を把握する方法」?

前稿のように万博の歴史を概観すると、果たしてどのような区分が成り立つだろうか。万博研究家の平野暁臣は、新しい技術や商品を見せていた19世紀の万博が万博1.0、その後2度の世界大戦をはさんだ低迷期を経て、1970年大阪万博をピークとする万博2.0の時代を迎えるがやがて失速、現在はそれに次ぐ万博3.0を模索しているのではないかとの仮説を提唱している。一方「万博学 Expology」を提唱する歴史学者の佐野真由子は、約170年に及ぶ万博の歴史を「国際博覧会の嚆矢」万博の「国際化」「国際制度としての万国博覧会」「初期型万博世界の残光」「植民地なき世界を映す」「文化多様性時代の万博」と6つに分け、その総体を「世界を把握する方法」と位置付けている。いずれにしても、帝国主義と産業革命の時代に始まった万博が、その後徐々に規模を拡大すると同時にスペクタクルとしての体裁を整えるが、植民地の喪失や社会状況の変化に伴って変容を余儀なくされているという認識に立っていることに代わりはない。私がここで注目したいのは、平野のいう万博3.0と佐野のいう「世界を把握する方法」である。この2つの考えは、特に近年の万博を考える上で有効なように思われるからだ。

様々な条件を考慮の上最適解を提示するデザイン思考

ここで導入したいのがデザイン思考という考え方である。私も大学でデザイン教育に携わっている関係上、しばしば学生からデザインとアートの違いについて聞かれるのだが、最近ではその問いに対して「アートというのは自分の欲求に応じて造りたいものを造る自己表現のこと。それに対してデザインはクライアントの注文に応じてものを造る受注仕事のこと。思い切り単純化すれば、アートは問題提起であるのに対して、デザインは問題解決だ」と答えるようにしている。クライアントの要請に応じて、様々な条件を考慮の上最適解を提示することがデザイナーの仕事だという意識を持ってほしいからである。

(写真:Radachynskyi Serhii / shutterstock

デザイン思考とは、このデザイナーが最適解を導く思考法を、ビジネスの課題解決へと応用しようという考え方の総称である。その思考のプロセスはいくつかのモデルが提唱されているが、最も著名なのはハーバード大学デザイン研究所のハッソ・プラットナーが提唱した「観察・共感」「定義」「概念化」「試作」「テスト」という5段階のプロセスである。以下、順を追ってみていこう。

第1段階に当たるのが観察・共感(Emphatize)である。この段階では、ユーザーの観点からサービスやプロダクトの問題点を検討し、その解決のためにアンケートやインタビューなどを通じて情報を収集する。単にユーザーの意見を鵜呑みにするのではなく、解決のためのアプローチを検討することが肝要である。

第2段階に当たるのが定義(Definite)である。この段階では、「観察・共感」のプロセスを通じて収集された情報から、ユーザーのニーズや現状の課題を検討し、最適解に向けての仮設を立てる。新しいサービスやプロダクトの大まかな方向性は、この段階で決定される。

第3段階に当たるのが着想(Ideate)である。この段階では、「定義」で建てられた仮説を様々な角度から検討する。検討のためには参加者のアイデア出しが重要であり、そのためのブレインストーミングが重視される。多くのアイデアのなかから最適解を選ぶためには、ただの多数決ではなく、問題解決という観点からの徹底的な検討が必要である。

第4段階に当たるのが試作(Prototype)である。この段階では着想の段階で定まった固まったアイデアを基に、サービスやプロダクトの試作品を製作する。もちろん、この段階ではあくまで試作なので、そこまで高水準のクオリティが要求されるわけではないが、ユーザーにどのように受け止められるかは十分に検討する必要がある。

第5段階に当たるのがテスト(Test)である、この段階ではもちろん、プロトタイプの段階で制作した試作をユーザーに試してもらう。もちろん、テストの結果問題が発覚した場合には、それを改善するための手立てを講じる必要がある。

以上の5つの段階は、例えば自動車メーカーにおける新車の開発を想像すればわかりやすいだろう。

 1.新車の開発を提案し、どのようなタイプの車にニーズがあるか市場調査を行う
 2.収集した情報を基に大まかな新車の方向性を決定する
 3.で立てられた仮説をもとに様々な角度(性能、デザイン、名前、価格、ターゲット層等)から可能性を検討する
 4.3で集約された意見をもとにプロトタイプを制作する
 5プロトタイプのテストを行って、洗い出された課題を解決した上で、新車が市場に送り出される

といった具合だ。まだその定義がしっかりと定まったとまでは言えないが、多くの関連書籍が出版されるなど、デザイン思考がビジネスの現場で注目されていることは間違いない。

その一方で、近年はアート思考という考え方にも注目が集まるようになった。アートとデザインの違いについては先ほど説明した通りだが、アート思考とはアーティストが自己表現としてのモデルを生み出すプロセスをビジネスに援用しようというもので、これに関しても複数のモデルが提唱されている。例えば、アーティスト・研究者の土佐尚子が提唱した 1.発見、2.調査、3.開発、4.創出、5.意味づけ の5つからなるモデルはその1つだ。

念のため言っておけば、私はアート思考という考え方には懐疑的である。確かに、アーティストが独自の思考の結果唯一無二の作品を生み出すことは素晴らしいことだし、その思考のプロセスも一考に値するが、それはあくまで問題提起であって、ソリューションのための思考ではないからだ。だが上記のモデルはデザイン思考にかなり近似しており、今後さらにケーススタディを積み上げていけば、ビジネスなど他の局面にも援用できる可能性がある。

万博思考もまた課題解決のためのメソッドである

以上の前提を踏まえると、ここでいう「万博思考」がデザイン思考(並びにアート思考)と多くの点で共通していることがわかるだろう。近年の課題解決型の万博では、掲げられたテーマに対して、多くの参加国や国際機関、企業などが、それぞれに解決案を提示することが求められるが、万博というイベントの性質上、その解決案には観光や物産などのツーリストを引き付ける要素が盛り込まれていたり、最新のテクノロジーが動員されていたり、様々な創意工夫が凝らされているし、何より万博は多くのアートとデザインの競演の場でもある。そうした問題解決のためのプロセスは、まぎれもなく万博思考の一面である。

一方で万博思考には、佐野のいう「世界を把握する方法」としての一面もある。万博の歴史的な検証を踏まえて、佐野は「万博は展示や現場での対話を通じ、いま世界で何が起こり、人々が何を考えているのかを把握しようとする場所です。そこに一定期間、各国を同時に一堂に集めた「世界のミニチュア」をつくるようなものです」とその意義を強調するが、問題解決と同様に、多くのモノを集積することによって、世界を知るための場所を生み出すこともまた万博思考の一面なのである。

その万博思考を実践するための格好の機会として想定していたのが、言うまでもなく2025年大阪・関西万博であったが、残念なことに今は到底そういう議論ができる状態ではない。ここでまずは一旦、クールダウンする必要があるだろう。そのために、私は以下の各章で、過去の万博にちなんだいくつかの話題を深堀りし、万博の意外な一面、あまり知られていなかった一面を掘り起こしたいと考えている。その作業を一通り済ませた後で、2025年大阪・関西万博へと立ち返り、「万博思考」についてあらためて考えてみたいと思う。