井山弘幸

井山弘幸

(写真:AlexDonin / shutterstock

逆転の発想で儲けたければ、笑わせる方法を考えよう

SaaS事業の広まりは多くの人に一攫千金のチャンスをもたらしている。立ち上げに際して重要になるのは、もちろん事業のアイディアだ。逆転の発想が大発明につながることもある。着想を得るためのヒントを紹介しよう。

Updated by Hiroyuki Iyama on November, 17, 2023, 5:00 am JST

バーナード・ショーの機知とキリンの首

劇作家のジョージ・バーナード・ショーに舞台女優で美人のエレン・テリーが言い寄ってこう言ったそうだ。
「私の美貌とあなたの優れた頭脳を備えた子どもが生まれたら素晴らしいことだと思いませんか」

これに対しショーは少し考えこう切り返し申し出を断った。
「でも僕の醜い容姿と貴方の愚鈍な頭脳を持った子どもが生まれたら、悲惨なことになりますから、やめておきましょう」
遺伝学のことを露知らないエレン・テリーがショーとの間の子供が受け継ぐはずと思い込んだ遺伝形質を、ショーは逆に入れ替えて応酬したわけだ。これはユーモアあるいは皮肉として受けとめ軽く流すところだろうけれど、思わぬ発想の逆転が隠されていることに気がつく。そう、動物園の人気者キリンの進化についてもショーのユーモアは意外な可能性を拓くのである。

フランスの博物学者ラマルクは1809年の著作『動物哲学』(Lamarck, Philosophie zoologique)において、キリンの首が長いことを史上初めて説明した。「木の葉を食し、そして絶えず木の葉に届くように努力しなければならなかった。この祖先キリンたちのたゆまぬ首伸ばしの欲求(besoin)によって首は3メートルも伸びたのだ」。このラマルクの説明は昭和の頃の教科書には載っていたけれど、欲求によって獲得した形質が遺伝するという理論は現在正統とされていない。

半世紀後に真打登場。言わずと知れたダーウィンの進化論である。ダーウィンは1859年の『種の起原』(Darwin, Origin of Species)でこう語っている。「身体の一部が普通より長いキリンは、生き延びるのが一般的であったと思われる。それらは交雑してその特殊な形質、あるいは同様の変異を繰り返す傾向を、遺伝によって子孫に残した。一方、余り恵まれない(首の短い)キリンは、甚だ滅び易かった」。こちらの説明は首を伸ばそうという欲求はなく、ただ首長も首短もさまざまな長さのキリンが、適応放散によって同世代で存在すること、たまたま短かったキリンは餌の葉っぱに届かずに餓死したというシナリオである。

首を伸ばし損なったキリンの化石は発見されていない

ここでバーナード・ショーの機知に富んだ切り返しを思い出そう。「賢いショーと美貌のテリー」が遺伝するのではなく、「醜いショーと愚かなテリー」の方が遺伝するのでは?とやりこめたはずだ。このような逆転の発想はいつの時代も新しい思想や理論を生み出すブレイクスルーになりうる。ラマルクのキリン伝説では「首を伸ばそうという内なる欲求をもたないキリン」、ダーウィンの最適者生存の説明のなかの「短かったため高木の葉に届かなかったキリン」はどうなったのか。どちらも生き残れなかったことになっているが、私の知る限り「首を伸ばし損なったキリンの化石」は発見されていない。さらにつけ加えると、キリン以外の首の短い偶蹄目や草食哺乳類だって、食糧不足で餓死したのではないかという疑問も浮かんでくる。オカピの首が届く範囲に食糧の葉っぱはあったのだろうから、高木の枝まで首が届かなくでも生きていけるのではないか?キリンの首長を説明するために、都合よく死に絶えたことになっているのかもしれない。そもそもジュラ紀の草食恐竜ブラキオサウルスは、キリンを遥かに超える20m程の首をもっていたとされるが、隕石落下後の気候変動のためであれ絶滅したではないか。

それに生存競争の試練に生き抜いたキリンの方が「醜いショーと愚かなテリー」だった可能性を考えてみたことはあるだろうか。実際のところ、首が長いために大量の血液を必要とする脳まで3mも重力に逆らって血を送りこむため、キリンは生まれながらの高血圧症であり、飼育下のキリンの寿命が25年程度と大型哺乳類にしてはかなり短い。しかも首長をウィルス感染による突然変異だとする学説もある。セブンイレブンのカード名になっている札幌円山動物園のマサイキリンのナナコは11歳で死んでいるし(誤嚥性の窒息死とされている)。