コロナ禍によって中小企業もインドにトライアル進出ができるように
――はじめに田中さんご自身について、またインドで起業された経緯についてお話いただけますか。
2012年に南インド・チェンナイに移住をし、家族の帯同を機に2022年からベンガルールに住んでいます。現在、南インドで会計事務所を母体としたコンサルティング会社Global Japan AAP Consulting Private Limited(以下Global Japan)と、インドでのオフショア開発や越境テレワークの導入を支援する株式会社INDIGITAL(以下INDIGITAL)の2社を経営しています。
2012年の渡印当初は6カ月間のインターンシップという形でインドに派遣され、インターンシップ後も受入機関先の会計事務所でそのまま現地採用され勤務していました。しばらくしてからインドでより長期的にチャレンジをしたいと思うようになり、2014年に知人の会計士とともにGlobal Japanを共同設立。その後、2020年にINDIGITALを創業しました。
――現在南インドで進めている事業について教えてください。
インドへの進出を検討している日本企業に、進出方法や事業展開のためのアドバイスをしています。また、現地法人の設立や拠点立ち上げ支援およびそれに付随する各種コンプライアンス、会計・税務・監査を中心とする経理業務の代行およびアドバイス、人事労務コンプライアンスや各種規定・就業規則等の作成代行、適用法令に基づく法務アドバイザリーサービスも行っています。
2012年からずっと日本企業の支援を続けてきたのですが、あるときインドに進出するのは体力のある中堅・大手企業ばかりで、中小企業やスタートアップはほとんどないことに気がつきました。どのようにすればインドに進出する中小企業がもっと増えるだろうかと考えていたときにコロナが蔓延し、リモートワークが当たり前になる世界が見えてきた。そこで、2022年からはEOR(Employer of Record:海外における雇用代行サービス)を活用した越境テレワークによるインドへのトライアル進出支援、インド人材のトライアル雇用支援サービスを試験的に提供することにしました。
EORでインド進出におけるリスクを低減。中小企業も一歩を踏み出せるように
――EOR事業とは、具体的に何を行っているのでしょうか。
INDIGITALではEOR事業を主に3つの課題を解決するためのサービスとして位置づけています。
1つ目の課題は、インド進出におけるコストやリスクが高いことです。法人設立にかかる投資コストや、現地法人のコンプライアンス対応にかかる運用コスト、そして、頻繁にアップデートされる法規制への対応や労務管理にかかるリスク、万が一事業がうまく立ち上がらなかったときの撤退リスクなどを考えると、予算が限られた中小企業にとってはどうしても第一歩が踏み出しにくくなります。そこで私たちは「トライアル進出」ができるようなサポートを実施。現地法人は設立せず、日本本社のメンバーの長期出張のみでインド人材を雇用できるようにしています。
2つ目の課題は、拠点の立ち上げに時間がか かることです。インドに進出することが決まったとしても、実際に現地法人を設立し、インド人材の採用・育成には相応の時間がかかるため、事業の立ち上げにはどうしても時間がかかってしまいます。そこで私たちは、現地法人を設立する前からインド人材の採用活動・雇用を進め、事前にリモートでインド国内チームを組成。現地法人の設立と同時に全員を転籍させることで「スムーズなインド事業の立ち上げ」を可能にしています。
3つ目の課題は、日本にインド人材を連れてきて雇用する際のリスクや離職率の高さです。外国籍人材の受け入れ体制が十分ではなかったり、インド人材のパフォーマンスが分からない中での正社員として雇用したりするときには少なからずリスクが発生します。コミュニケーションの齟齬、業務内容におけるミスマッチ、家庭の事情でインドに帰国を余儀なくされた場合の離職など、インド人材に限らず、外国籍人材を日本法人が雇用することによる課題は多岐にわたります。そこで、試用期間中(通常は入社後3〜6カ月間)インド人材を弊社が代わりに雇用することで「トライアル雇用」を実現し、日本へ渡航をする前に候補者のパフォーマンスや上司・業務内容における相性を見極めたり、日本側の外国籍人材の受け入れ準備を進めたりすることで、インド人材を雇用するリスクや離職率を軽減させようとしています。
職場全体が活気づく。インド人材が生む、思わぬ効用
――実際に、企業はEOR事業をどのように活用しているのでしょうか。
実際にインドでEORを活用する背景としてもっとも多いのが、IT人材の活用と、インドの 市場調査や顧客ニーズの調査・開拓です。
IT人材の活用においては、主に日系スタートアップ企業がリモートでインド人のソフトウェアエンジニアを雇用したり、インドでオフショア開発拠点を立ち上げる準備フェーズとしてインド国内にインド人開発チームを組成するためにEORを活用したりしています。
またインドの市場調査や顧客ニーズの調査・開拓においては、主に日系商社が調査・顧客開拓をリモートで進めていくために、インド国内で営業経験のあるインド人や現地採用した日本人を活用し、どのような事業機会があるか、どのようにすれば売れそうか、本格的にインドに投資をすべきかどうかを見極めるために活用しています。リモートでトライアル進出を行っているというわけです。
最近は、自動車や空調機器にかかわる電装品・半導体関連部材・部品を取り扱う商社からのお問い合わせが多いですね。いずれも将来、もし現地法人を設立した場合には全員を転籍させることが前提になっています。
実際にEORを利用してインド人ソフトウェアエンジニアを雇用している企業は「インド人材が期待以上のパフォーマンスを発揮してくれているだけでなく、日本側の経営陣や開発チームが積極的に英語の勉強をするようになり、日本側の職場全体が活気づいてきた」と話してくれ、うれしくなりました。
インドはまだまだわからない。まずは小さく踏み出すことが、成功につながる
インドという国は本当に大きく、人も価値観も多様なので11年滞在している私でもまだインドのことは掴みきれていません。ですので、最初から完璧を目指さず、小さな失敗やリスクを積極的に受け入れることを前提とした体制をつくることが大切だと感じます。プロジェクトはできるだけ小さなものから始めれば、万が一うまくいかなかったとしても傷は大したことはありませんし、そのプロセスそのものがインドという国や、インド人材についてより深く知ることができる学習機会となり、インドへの足がかりをつかむ「大きな第一歩」になることは間違いないでしょう。
最近は、インドを起点にしてグローバル展開を進める日本企業も少しずつ増えてきています。インドにおいて何かしらの小さな成功体験を作ることができれば、他の国々へも自信を持って展開していけることになると思います。EORがそのためのツールのひとつになればうれしいですね。
日本人のなかには、まだまだインドという国やインド人材に対する理解が偏っていたり、ネガティブな印象を持っていたりする人が少なくありません。しかし実際に インド人の方たちと一緒に仕事をしてみると一気にその印象はアップデートされるはず。またインド人との対話を通じてビジネスに対する考え方や価値観、戦略までもが良い意味で壊れていくことはよくあります。企業の海外戦略や社内のグローバル人材育成という観点においても、今や世界のグローバル企業で認められている多様なインド人材を積極的に受け入れていくことの意義は大きいでしょう。
――日系企業のインド進出、インド人材活用のための「第一歩」を田中さんの事業がまさに実現しているのですね。今回はインタビューにご協力いただき、ありがとうございました。
取材協力
株式会社 INDIGITAL (インド人材活用のための越境テレワーク事業)
Global Japan AAP Consulting Private Limited (インドに特化した国際会計事務所、コンサルティング)