30分待たされる実験にいくら支払ってほしい?
みなさま、この記事をなんのデバイスでご覧でしょうか。多くの方はスマホから見ていらっしゃるのではないかと思います。令和3年度の総務省 情報通信白書によると、2020年のインターネット利用率は83.4%で、スマートフォンによるインターネット利用率が68.3%、一方、パソコンによるインターネット利用率が50.4%とのことです※1。いまやスマホはインターネット利用の最大派閥でもあるのですね。
もちろん、スマホはインターネット利用以外にも使えます。なんならスマホさえあれば退屈せずに長い時間を過ごせますね。ワシントン州立大学のランドリアマーロ氏らは、30分間実験室でただ待たされる場合に、参加者が支払ってもらいたいと考える金額を調べました。スマホごと持ち物を一時的にすべて取り上げられ、なにもすることがない場合は17.91ドル(約2,500円)支払ってもらいたいと答えた参加者たちでしたが、一方、スマホを手元に残してもらえた場合には、11.18ドル(約1,500円)で良いと回答していました※2。スマホさえあれば、退屈な待ち時間でも許せるというわけです。
反対に、スマホがない場合には高額をもらわないと割に合わない、と言い換えることもできるかもしれませんね。実際、17.91ドルというのは、参加者の時給の2.7倍だった そうです。スマホ禁止はちょっとした拷問に近いのでしょうか。カリフォルニア州立大学のチーバー氏らは、スマホを取り上げられた実験参加者の反応を次のように報告しています※3。
普段からヘビーにスマホを使っている参加者は、スマホを取り上げられると、時間が経つにつれどんどんと不安を膨らませていきました。一方、普段あまりスマホを使っていない参加者では、不安の程度に変化はありませんでした。この研究では、スマホのヘビーユーザは、たとえ近くにスマホがある状況でも、スマホの電源が切れていて、自分の視界に入らない状態にされると、スマホを取り上げられたときと同様に、どんどんと不安を膨ませていったことが示されています。
スマホ依存とも呼べるかもしれないこの状態ですが、逆に、スマホを肌身離さず持ってさえいれば、ある程度は安心できるのだとも言えるでしょうか。次ページではスマホと安心感についての研究をご紹介しましょう。
「おしゃぶりテクノロジーとしてのスマートフォン」
小さな子どもは、お気に入りの毛布やタオル、ぬいぐるみなどを肌身離さず持ち歩くことがあります。私の場合は古いタオルでした。ボロボロになるまで持ち歩き、洗濯すると大泣きして親を困らせて……というような現象に、子どもとして、あるいは親として、心当たりのある方も多いのではないでしょうか。
イギリスの小児科医で、精神分析医でもあったウィニコット氏は、この現象を「移行対象」と名づけました※4。スヌーピーのキャラクターであるライナスという少年は、いつも毛布を持ち歩いています。この 毛布がまさに移行対象だねということで「ライナスの毛布」と呼ばれることもあります。ライナスの毛布は、緊張やストレスのある場面で多く用いられることから、不安や恐れに対する防衛の役割があるのではないかとされています。
こうした知見を前提に、つまりスマホは大人にとってのライナスの毛布なのではないだろうか? と考えた研究者がいます。2020年、ペンシルバニア大学のメルマド氏らは、「おしゃぶりテクノロジーとしてのスマートフォン」というタイトルで研究を発表しました※5。
メルマド氏は、ライナスの毛布とスマホの共通点を以下のように挙げています。
・持ち運ぶことができる
・身体的に触れ合うことができる
・触った感覚が楽しい
・自分専用である
さて、大人は子どもと同じように、緊張やストレスのある場面でスマホを多く利用するのでしょうか?
メルマド氏は、実験的にストレスを高められた参加者と、比較的ストレスの低い課題を与えられた参加者の休憩時間をそれぞれビデオで撮影し、行動を観察しました。休憩室には、スマホ以外にも時間を潰せるものが多く配置してありました。
休憩時間になってまずスマホに手を伸ばしたのは、高ストレス条件の参加者では63.9%、平均23.9秒後、低ストレス条件では34.3%、平均86.7秒後でした。ストレスがかかると、他のことを放置してでもすぐにスマホを触りたくなっていることがわかります。ライナスの毛布ですね。
高ストレス状態のときほど、スマホを熱心に使う
また、高ストレス状態だと参加者は休憩時間のうち51.3%をスマホ利用に費やし ていたのに対し、 低ストレス状態では休憩時間の31.3%でした。ストレスがかかると、人はまずスマホに触るだけではなく、スマホをより長く熱心に使うようです。
それではスマホを使うと、本当にストレスは緩和されるのでしょうか。メルマド氏の研究では、ストレスの高い状況を経験した後に、指定されたWebページをパソコンから閲覧した参加者よりも、スマホから閲覧した参加者の方が、ストレスの回復度合いが大きかったことが示されています。しかも、ただスマホから見ればいいわけではなく、「自分の」スマホである必要があるようで、自分のスマホでWebページを閲覧した方が、借り物のスマホで閲覧するよりも、ストレス回復効果が大きかったのです。
まとめると、ストレスがかかると自分のスマホを使いたくなり、自分のスマホを使うことでストレスが緩和される、ということになりますね。パソコン派の方には申し訳ないのですが、この効果はパソコンではあまり見られず、スマホの触覚経験や携帯性の良さ、自分のものだという感覚の高さが、ライナスの毛布効果を生じさせているのではないかと考えられます。
なお追加の研究では、最近禁煙を始めたばかりの人はスマホへの愛着を示す傾向が強いことも示されています。メルマド氏は、こうした研究結果をもとに、スマホを依存対象として否定的に考えるのではなく、もっと肯定的にやすらぎの源泉だと考えるべきではないかと述べています。
スマホでの買い物は、妙なものを買ってしまうリスクがあがる
ちなみにスマホを使うことで、パソコンを使うときとは少し違った行動パ ターンになってしまうことも報告されています。
香港城市大学のソン氏らは、借り物のスマホを使ったときに比べ、自分のスマホを使ったときの方が、ユニークな、言い換えると人気のない商品を選ぶ傾向が高くなったことを示しています※6。一方、パソコンを使うときには、自分のパソコンか借り物のパソコンかは選択に影響しませんでした。自分のスマホで買い物をすると、変な、いえ、人気のない、違った、ユニークな商品を買うリスクが上がるようなのです。
ソン氏の研究には、パソコンでアンケートに答える時よりもスマホで回答するときのほうが自分のユニークさを高く評価するというデータも含まれており、なんだかスマホとユニークさには縁があるようだということがわかります。
また、スマホを使っているときは感情的な言葉づかい(「大好き」、「素晴らしい」など)も増えるようです※7。ツイッターの投稿やレストランレビューを分析した研究では、スマホからの投稿は、パソコンからの投稿に比べ、自分のこと、家族のこと、友だちのことを話す割合が高かった、言い換えれば、自己開示がより深かったことも報告されています※8。過去に買ったことのある恥ずかしいものを聞くアンケートでも、スマホを使った人のうち93%が素直に回答してくれたのに対し、パソコンを使った人からの回答率は86%に落ちていました。また、回答した「モノ」の客観的恥ずかしさも、スマホの方が高かったそうです。
つまりスマホを使うと、より自分のことを書きたくなる、プライベートな恥ずかしいことでも話してしまう、とまとめることができるでしょう。アンケー トをとるとき、レビューを書いてもらうときには、パソコンからよりもスマホからのほうが良いのかもしれません。
スマホで表示された広告の内容は、信じてしまいがち
そして、ウェブ広告の効果も、パソコンとスマホでは異なるようです。カリフォルニア州立大学のスチュワート氏らは、スマホ使用頻度の高い人はスマホというデバイス自体を信用しており、その結果、スマホで表示された広告を信じやすく、広告対象の商品を買いやすくなったことを示しています※9。同様にプライベートな内容に関わる広告(出会い系、お金、健康)において、より深い個人情報を提供してもらえる割合は、パソコン表示された広告に比べ、スマホで表示された広告の方が高くなっていました※8。
さてスマホを頻繁に使うほど、スマホで表示される情報を信じるわけです。そしてプライベートまで曝け出してしまう。みなさん、大丈夫ですか? この記事はちゃんとスマホで読んでいますね? さあそのまま、この記事も、私のことも、あなたのそのスマホと同様に、素直に信用してしまいましょう。
参考文献
1. 総務省. 令和3年版情報通信白書.
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/index.html (2021).
2. Randriamaro, M. T. & Cook, J. The value of time, with and without a smartphone. J. Econ. Behav. Organ. 200, 138–146 (2022).
3. Cheever, N. A. , Rosen, L. D. , Carrier, L. M. & Chavez, A. Out of sight is not out of mind: The impact of restricting wireless mobile device use on anxiety levels among low, moderate and high users. Comput. Human Behav. 37, 290–297 (2014).
4. Winnicott, D. W. Transitional objects and transitional phenomena. London: Tavistock (1951).
5. Melumad, S. & Pham,M. T. The smartphone as a pacifying technology. J. Consum. Res. 47, 237–255 (2020).
6. Song, C. E. & Sela, A. Phone and Self: How Smartphone Use Increases Preference for Uniqueness. J. Mark. Res. 60, 473–488 (2023).
7. Melumad, S. , Inman, J. J. & Pham, M. T. Selectively Emotional: How Smartphone Use Changes User-Generated Content. J. Mark. Res. 56, 259–275 (2019).
8. Melumad, S. & Meyer, R. Full Disclosure: How Smartphones Enhance Consumer Self-Disclosure. J. Mark. 84, 28–45 (2020).
9. Stewart, K. & Perren, R. Under the Spell of Your Smartphone: How Dependence Evokes a Halo of Trust in Advertising. Journal of Promotion Management 29, 106–124 (2023).