森本 裕子

森本 裕子

(写真:Martyshova Maria / shutterstock

小売業がポイント還元をやめられない理由、またはサブスクリプションの罠

ポイント大国だといわれる日本。なぜこれほどにまで、小売業はポイント還元を行うのでしょう。実は、消費者が勝手にお得感を2倍に感じているからなのです。詳しくみていきましょう。

Updated by Yuko Morimoto on June, 27, 2023, 5:00 am JST

ポイント還元という心理的トリック

お買い物をするときには、ポイント還元よりも現金割引の方がいい、という話を聞いたことのある方も多いのではないかと思います。ポイント10%還元とうたっていても実際には9%オフと同じようなもの、とか、現金は別の店でも使えるけど、ポイントはその店でしか使えない、とか。たしかにこうした話も生活にとって重要ではあるのですが、しかしながら、そうはいっても数%の違いで、たいして大きな影響はありません。……とあえて言い切ってしまいましょう。

今回は、少し違う角度からポイント還元の話をしたいと思います。実は、ポイントやギフトカードプレゼントには、私たちの意識の穴を突く、恐ろしいトリックが仕掛けられているのです。

ということで、みなさんに聞きたいことがあります。あなたは、獲得したポイントを、どの買い物から割り引きますか? 言っている意味がわからないかもしれませんね。もう少し具体的に聞き直しましょう。もしかして、ポイントが付いた買い物のときに1回しっかり合計金額から割り引いて考えたのに、次にポイントを使う買い物のときにも、また合計金額から割り引いて考えていませんか?

そうなのです。どうやら私たち(の多く)は、同じポイントを2度割り引くようです。たとえば家電量販店でノートパソコンを10万円で買い、1万円分のポイントがついたとしましょう。すると「実質9万円だな」と考えます。また別の日、同じ家電量販店で、1万円分の家電をポイントで購入します。ここでもまた、「ポイントで買ったから、実質無料だな」と考えます。その結果、実際には10万円払ったのに、実質9万円で済んだような気になってしまう、というわけです。

この現象を指摘したのは、デラウェア大学のチェン氏らです※1。初めて彼らの論文を読んだときには、「うわっ、私もやってる! なんで気づかなかったんだろう!?」と愕然としました。ここまで読んで、同じく愕然とされている方も多いのではないでしょうか。いや、絶対多いですよね。どうか多いと言ってください。

都度会計でなければ、使うときには「無料」だと感じる

このように、私たちが「これは割引分」だとか「これは使っていいお金」だとか、そうやってお金の出し入れを頭の中で記録し評価するこころの仕組みは、心理的会計(メンタルアカウンティング)と呼ばれています※2。

ちょっとふんぱつして、とても高い靴を買ったとしましょう。ところが、この靴は足に合わず、履くといつもマメができて非常に痛いとします。どうせ履けない靴なら、靴箱のスペースを保つためにも、さっさと処分してしまった方が合理的です。さて、あなたはいつこの靴を捨てるでしょうか? おそらく、多くの人は、履かないまま長いあいだ靴箱に眠らせておいて、十分に「減価償却」できてから、ようやく手放せるのではないでしょうか(その間一度も履かないのに!)。このように、私たちは心の中でも会計処理をしているのではないか、というわけです。

みなさんは生活の予算を設定していますか? 予算を設定している場合、お金を使うごとに、予算に照らしてその金額を「会計処理」しているのではないでしょうか。たとえば、週の初めに5千円払って豪華なお寿司を食べた場合、その週のうちに高級焼肉に行くのはためらわれます。なぜなら、「外食費」を使い過ぎている気がするからです※3。一方で、週の初めに違反切符をきられて5千円払っていたときは、まだ気軽に焼肉に行くことができます。違反切符は外食費とは別の予算から支払われたものだからです。

これは支出だけではなく、収入でも見られます。たとえば、みなさん確定申告はされるでしょうか。給料でもらうのと確定申告の還付金で返ってくるのとは、理論的には同じもののはずですよね。ところが、私たちは還付金を給料とは別の収入として扱い、還付金ならすぐに消費しちゃってもいいかなぁと考えやすいそうです※4。日用品や食費よりは、家電や自動車などに使ってしまうという人が多いのですね。

ちなみに、還付金ではないですが、新型コロナ初期に給付された10万円を覚えてらっしゃいますか? あの給付金についても、それぞれの自治体から給付金が振り込まれたまさにその週に、銀行口座から引き出される金額が急激に増えていたそうです※5。給料以外の形式でお金が手に入ると、お財布の紐がゆるくなってしまうようですね。

また、心理的会計を悪用(?)しているのが、ジムなどの定額制です。ジムに行くたびに「会計」をすると、だんだん利用するのがイヤになっていくかもしれません。しかし、先にまとめて月会費を「会計」しておけば、利用するときには毎回「これは無料だ」という気持ちになれるのです。ティッシュペーパーなどの日用品やビールなどをまとめ買いするとき、購入時には高い支払いを「将来の分を先払いしただけ」と思っているのに、いざそれを使うときには「無料だ」と感じることはないでしょうか。私はあります。

このような心理的会計システムのため、私たちは従量制のシステムよりも、定額使い放題を好むようです※6。毎回タクシーを呼んだ方がトータルするとずっと安上がりだとしても、それでも自家用車を買う、という人も多いのではないでしょうか。タクシーは、目の前でどんどん金額が上がっていくメーターがついている、というのが、脱自動車が進まない一因かもしれませんね。

参考文献
1. Cheng, A. & Cryder, C. Double Mental Discounting: When a Single Price Promotion Feels Twice as Nice. J. Mark. Res. 55, 226–238 (2018).
2. Thaler, R. H. Mental accounting matters. J. Behav. Decis. Mak. 12, 183–206 (1999).
3. Heath, C. & Soll, J. B. Mental Budgeting and Consumer Decisions. J. Consum. Res. 23, 40–52 (1996).
4. Souleles, N. S. The Response of Household Consumption to Income Tax Refunds. Am. Econ. Rev. 89, 947–958 (1999).
5. Kubota, S. , Onishi, K. & Toyama, Y. Consumption responses to COVID-19 payments: Evidence from a natural experiment and bank account data. J. Econ. Behav. Organ. 188, 1–17 (2021).
6. Train, K. E. Optimal Regulation: The Economic Theory of Natural Monopoly. MIT Press Books 1, (1991).