芙和せら

芙和せら

(写真:Julija Ogrodowski / shutterstock

高齢者も褒められたい、出会いたい。超高齢社会の落とし穴「社会的フレイル」を予防する

超高齢社会において、人々の幸せの総量を減らさないためにできることの一つが、要介護人口や要介護の度合いを高めないことである。そのための第一歩が「社会的フレイル(虚弱性)」の抑制だ。芸術療法によって、高齢者が社会的フレイルに陥らないための取り組みを続けている心理カウンセラーから届いた現場のレポートと、高齢者の意外な心理を紹介する。

Updated by Sera Fuwa on May, 26, 2023, 5:00 am JST

「社会的フレイル」が先行し、身体的、精神的にも虚弱になっていく

2022年、日本の高齢化率は29.1%に達しました。およそ3人に1人が65歳以上ということです。超高齢社会が問題になるのは生産人口の減少とともに、要介護人口が増えることにあります。介護や医療の担い手は減る一方で、サポートを必要とする人が増えるのです。そこで近年、年齢にともなう虚弱=フレイルの予防が注目されています。フレイルを予防することで、健康長寿を実現し要介護人口の増加を抑えることが必要なのです。

フレイルには3つの側面があります。「身体的側面」「精神的側面」「社会的側面」です。この3側面は相互に関連がありますが、特に社会的側面のフレイルが先行するという傾向があります。フレイルの社会的側面とは、友人づきあい、社会参加が減少し孤立がふかまることです。外出が減ることで足腰が弱り身体的フレイルが進行し、人と話さなくなることで認知機能などの精神的側面でのフレイルも進行していくからです。

コロナ禍で社会的フレイルが進行、この2~3年で歩行困難や認知症を発症する高齢者数増加

2020年以降の新型コロナ禍においては、不要不急の外出や親族や友人との会食が控えられました。まさしくパンデミックにおける社会政策によって社会的側面のフレイルが加速された期間でした。そのためこの2~3年で、歩行困難や認知症を発症する高齢者数が大幅に増加しました。

配偶者の死や病気入院をきっかけに、あるいは若年世代が都市部に出ていくことで、独居の高齢者は増加傾向にあり、超高齢社会では誰もが「社会的フレイル」に陥る可能性があります。健康長寿社会を目指すなら、まず、社会的フレイルの予防からスタートする必要があるでしょう。

社会的フレイルは予防することができる

高齢者だけを1カ所に集めてお世話をするだけでは、社会的フレイルの予防はできません。私たちの社会が高齢者とともに暮らす社会づくり、仕組みづくりをする必要があります。
たとえば、仮に独居であっても、下記のような場や機会があれば社会的フレイルにはなりません。

 1.近所に集まっておしゃべりできる居場所がある。
 2. 趣味の場で仲間と交流ができる。
 3. ボランティアで地域に貢献する機会がある。
 4. 若年世代に経験を伝える機会がある。       

国や行政の施策の重要性はもちろんですが、私たち一人ひとりが高齢の人も若い人も住みやすい社会環境を作るという意識が必要でしょう。

「お花あそび」を通じた交流に効果があった!

ところで、筆者は芸術療法を専門とする心理カウンセラーです。芸術療法とは、絵画、音楽、写真、詩歌、演劇など芸術表現を用いた心理療法のこと。芸術表現による心理療法効果は目覚ましいものがあります。

筆者は1988年に生花による芸術療法「フラワー心理セラピー」をベースにした、健康長寿に特化した芸術療法の場「健康長寿のお花あそびサロン」を創始しました。
このサロンは、高齢者施設ですでにレクリエーションとして取り入れられている生け花やフラワーアレンジメントのレッスンとは大きく異なります。老年学や心理学を学んだ「健康長寿の花*コミュニケーター」による認知機能を高めたり、情緒の安定をはかったりするためのワークショップです。

●プログラム例
 ①アイスブレイク
 ②花器づくり
  (自分だけのオリジナル作品を紙パック、折り紙、リボンなどを使って制作)
 ③花選び
  (数十種類の花の中から好みの花を8~12本程度選ぶ)
 ④フラワーアレンジメント制作
  (お手本なしの自由制作。モールや毛糸なども花とコラボレーションさせる)
 ⑤シェアタイム
  (参加者や花*コミュニケーターと花作品を囲んで団らんタイム)

プログラムを一見するだけでは、なんてことのないワークショップに見えるかもしれません。しかし、効果測定をしてみると、実際にこの「お花あそび」が社会的フレイルを抑制するための効果があることが証明できました。

お花あそびによって、ネガティブ感情が低減し、ポジティブ感情が増大した

下のグラフはお花あそびの前後に「POMSⅡ」という気分変化を測定する心理テストを実施した結果です。1回目というのがお花あそびの前、2回目というのがお花あそびの後のデータです。「怒り-敵意」「混乱-当惑」「抑うつ-落ち込み」「疲労-無気力」「緊張-不安」は低下し、「活気-活力」が上昇しています。その結果、「総合的な気分」が大幅に改善しています。いずれも統計学的な有意差があります。(n=40)

「上手につくること」にこだわらない作品づくりが、創造性を発揮させる

参加者によかった点について質問したところ、最も多かった回答は「上手も下手も関係なく作品づくりができたこと」でした。生け花やフラワーアレンジメントのレッスンはお手本通りの作品を作らなければならず、講師からテクニックの指導がありますが、お花あそびサロンではどのような作品も制作者の表現として大切に扱われます。上手下手を意識しない場での作品作りは、創造性を発揮させる機会となるようです。

続いて多かったのが「生花に触れることができたこと」でした。筆者が生花にこだわるのは、造花やドライフラワーとは異なり、高齢者の五感を刺激できるからです。参加者の皆さんは鮮やかな色彩にときめき、香りにうっとりと酔いしれ、手触りも存分に味わえるようにプログラムを組んでいます。加えて季節感を味わっていただくことも大切な要素です。皆さん生き生きとした様子で、生花を手に取られます。

高齢者も褒められたい

また「セラピストが寄り添ってくれたこと」もよろこばれました。家族と同居していても、介護の方がそばにいても、高齢者は寂しさを感じています。忙しく立ち働く現役世代にとって、昔話は退屈なもの。また高齢者自身も気を使って、存分に話を聞いてもらえる機会は多くはありません。お花あそびサロンの花*コミュニケーターは高齢者とコミュニケーションをとる心理学のプロフェッショナルだから、思う存分話ができて、それがポジティブ感情の増大に役立つのです。

また、下のグラフは「作品・工夫をほめられた」ことによる気分改善を示したものです。褒められると誰しも嬉しいものですが、高齢者にとって「褒められる」機会を提供するのがお花あそびサロンの役割でもあります。 

知己の友人よりも、知らない人と出会ったときの方が気分の改善は大きい

新しい出会いは高齢者にとってもまた刺激的であり、楽しいものです。しかも、すでに友人関係にある人よりも、知らない人と新しく出会ったときの方が気分の改善効果が大きいこともわかりました。気心知れた友人と楽しむことは有意義なのですが、知らない人と出会い交流することは、新しい刺激であり、楽しいことであり、社会とのかかわりを増やすことだからでしょう。

友人と参加したことによる気分の改善効果を示したものです。気分の改善効果が認められます。
「知らない人との交流」が気分の改善にもたらす効果です。なんとこちらのほうが気分改善効果が高いのです。

高齢者のフレイルは今後、さらに大きな社会課題になっていくことが予想されます。その入口となる「社会的フレイル」を予防し、生じるタイミングを少しでも遅らせることができれば、その分社会における幸せの総量は増えていくことになるでしょう。「お花あそび」に限らずとも、高齢者が心理的安全性を感じながらおしゃべりを楽しみ、五感を刺激しながら創造性を発揮し、新しい友人と出会う機会などを創出していくことが望まれます。

本文に引用しているデータ詳細はこちらの報告書に掲載しています。必要な方には実費にてお分けしています(送料・税込み3,870円)。
申し込み先:info@thera-labo.org