アリも理解している「衛生」環境管理の重要性
アリの社会のゴミ捨ても非常に示唆に富んでいる。食べかすや巣材が古くなると、働きアリたちは巣の中のあまりアリたちが近寄らない場所か、巣の外で、かつエネルギーを節約できる距離のところにゴミ捨て場を作る。アリの中でも最も立派なゴミ捨て場を作るのがハキリアリだ。ハキリアリは巣から数メートル離れた場所に、下の写真のようなゴミ捨て場を作る。逆Uの字に飛び出しているのは木の根で、そこにアリたちが古くなったキノコ畑の断片をもっているのが分かる。右側の薄茶色い円錐形のものが10年以上積み重なったゴミ捨て場である。このゴミ捨て場には、様々な微生物や節足動物が住み着いており、さながら「ゴミ捨て場の小宇宙」を形成している。
1993年に初めてパナマに行ってこの写真を撮った時、あまり事情を知らなかった僕はこのゴミ捨て場に寝そべりながらアリの写真を撮影し、帰国後40カ所以上をダニに噛まれ、2カ月後にそれが全て化膿し、40℃以上の熱が出て 死にかけた経験を持つ。ハキリアリたちはここが「不衛生」な場所であることを理解し、木の根からポトっとゴミを廃棄している。賢い。オレ、賢くない。
これらの衛生管理に関する持続的な仕組みはSDGsのゴール3「すべての人に健康と福祉を」、ゴール11「住み続けられるまちづくりを」、ゴール12「つくる責任、使う責任」に関連している。1億年以上にわたってこのような持続的な発展を続けているアリたちから見たら、人間のデジタルトランスフォーメーションなんて戯言にしか見えていないに違いない。
アリに学べば、もっとエコな生殖医療が実現するかもしれない
SDGs関連では、ゴール9の「産業と技術革新の基盤をつくろう」にもアリの社会は関連してくる。女王アリのお腹の中には精子を貯蔵する袋があり、交尾後すぐに死んでしまうオスの分身として精子は女王の寿命が尽きるまで(最長20年も)、常温で眠り続けることができる。このメカニズムが解明されれば、精子保存に費やされる膨大な電力が不要になるだけではなく、生鮮食品の保存に冷蔵庫が不要になり、一大エネルギー革命が起こせる。そうなればゴール7の「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」も達成可能になる。現時点でそのメカニズムは不明である、とされてきた。
しかしながら、なんと先週のプレスリリースで甲南大学の後藤彩子博士の研究グループがキイロシリアゲアリとハヤシケアリの女王アリを用いて、精子を貯める袋の中が無酸素状態であることを突き止めたのだ!
これはすごい発見だ。さらに、精子を常温で、かつ無酸素状態で長期間保存する時に働くであろう遺伝子も複数発見された。特に抗酸化酵素、抗菌タンパクをコードする遺伝子が含まれていたことは興味深い。さらに、袋の中からだけ見つかった遺伝子も12個あるそうで、この遺伝子に様々な未知の機能があるかもしれないのだ。なんとも夢のある話ではないですか!このような基礎研究を積み重ねることこそが本当の意味での常識のトランスフォーメーションを生み出し、社会を変革していくことになるのだ。