佐藤一雅

佐藤一雅

データの民主化を基本思想に掲げてジャスミーが描く社会

「データの民主化」(DATA DEMOCRACY)という基本思想を掲げて、情報プラットフォームを提供するジャスミー株式会社。同社代表取締役社長の佐藤一雅氏は「これまでのインターネットではGAFAに代表される企業にデータが集中していました。しかし、我々は『お客様にデータの主権があるなら、ユーザー本位のデータの使い方がある』と考え、ソリューションを提供しています」と語る。

Updated by Kazumasa Sato on April, 6, 2023, 5:00 am JST

佐藤氏は「情報システムの構成は、分散と集中を繰り返して来ました。今はGAFAによる集中から、いわゆるWeb3.0(Web3)による分散に向かっています。それでは分散型のエッジの時代が来たときに、データのコントロールをどうするのかが課題です」と指摘する。

例として、エッジから情報が収集される時代に、家の引っ越しをすることを考えてみる。家庭内のさまざま機器には、センサーやメモリー、CPUがあり、生活者のデータに基づいて快適な利用をサポートしてくれる。しかし、いざ引っ越しをするとなると、持ち運べる機器は新居で使えば良いが、エアコンやインターフォン、スマートメーターなど家に設置された機器が保有しているデータの管理は難しい。機器が個別にデータを管理していると、データの移転や消去などに苦心することになる。管理を怠ると、次の住人に個人の生活データを提供してしまうことにつながる。データ管理・活用のサービスを提供する事業者に一括して管理を委託すれば、これまでのデータを転居先でも活用でき、旧宅にデータを残さない引っ越しも可能だ。しかし、サービス提供事業者に個人データごと囲い込まれてしまう。

データはどのように管理するといいのだろうか。「ジャスミーはIoTのデータ管理にブロックチェーンを活用しようと考えました。ブロックチェーンによる分散型(decentralized)のデータプラットフォームは仮想通貨や暗号資産の用途では注目されていましたが、IoTに使おうと考えた人はいなかったと思います」(佐藤氏)。

ジャスミーは元ソニー社長の安藤国威や、元ソニースタイルドットコム・ジャパン社長だった佐藤氏などによって2016年に設立された。ジャスミー(Jasmy)の名称は、JAPANの「J」と、安藤氏、佐藤氏など、創立メンバーの頭文字を取った造語だという。日本からグローバルに通用するイノベーション企業を起こすことを実践することを目指し、データの民主化を実現するIoT向けのプラットフォームの提供にターゲットを定めた。

情報の出し方を自分でコントロール

データの民主化を掲げるジャスミーにとって、あくまでもデータの民主化は、「自分のデータを自分でコントロールする」ことにある。「作り出したデータが自分のものであると思う人や、自分のデータを誰かに提供している人にとって、データの主権は自分にあります。法律的にも明確なことです」(佐藤氏)。その一方で、佐藤氏が少し危惧していることもある。「データの民主化という言葉は使い勝手が良く、社内のデータを上層部だけが利用するのではなく、皆で共有しましょうといった場合に使われることが多くなっています。これは本来の意味でのデータの民主化とは異なっています」。

本来の意味でデータの民主化が実現されると、どのようなことが実際にできるようになるのだろうか。佐藤氏は、「データの見せ方、出し方によって、どのように情報を提供するかを自分がコントロールできるようになります」と語る。実は、アナログの世界では私たちが意識せずに使い分けている情報の提供の仕方を、デジタルの世界でも同様に実現できるようにすることでもある。「路上でシャンプーの試供品を差し上げますという代わりにアンケートに回答するとき、人は真剣には回答しません。しかし、同じような内容でも、病院の問診票ならば真剣に記入します。マッチングアプリなどでも、相手に気に入られたいときはいい情報だけを出したりします。情報を自分でコントロールしているわけです。こうしたデータのコントロールを、ジャスミーはIoTプラットフォーム上で実現しています」。

ジャスミーが提供するプラットフォームの「Jasmy IoT Platform」では、(1)ソリューション、(2)ブロックチェーン技術を用いたIoTプラットフォーム、(3)データの送受信を担うIoTデバイス、(4)開発環境やデータ分析環境――を提供する。このJasmy IoT Platformは2つのコアサービスが支えている。1つがSKC(Secure Knowledge Communicator)で、生活の中で生まれる様々な個人に帰属するデータを、個人のものとして安全に一元管理できるもの。もう1つがSG(Smart Guardian)で、IoT機器をセキュアに独自ブロックチェーン網に登録し、持ち主のユーザーしか使用できない環境を提供するものだ。

これらのコアサービスは、ブロックチェーン技術によって支えられている。しかし、ジャスミーでは自社でブロックチェーンの技術を開発しない。「日進月歩で発達するブロックチェーンは、自社で技術を持つのではなく、依って立つものとして活用するスタンスを採っています」(佐藤氏)。同様に、データを保管するデータベースも、「分散ストレージや分散環境に適しているとうたうデータベースがありますが、現時点では未発達だと感じています。より良いソリューションを提供するために、現在はクラウドストレージを採用しています」と、汎用的な基礎技術の上で高い価値を提供するソリューションの深化に力を入れる。

プラチナデータを保管するパーソナルデータロッカー

ジャスミーでは、IoTプラットフォームを活用したソリューションの一例として、個人などの「プラチナデータ」を「パーソナルデータロッカー」に格納して活用することを掲げる。プラチナデータとは、個人を表す多様なデータのこと。どのような人物であり、趣味や活動がどのようなものかといった、住所、氏名、生年月日といった個人情報以外のデータを含む。このプラチナデータを自らが管理できるようにする。

プラチナデータのような個人を表すデータを管理するソリューションが、パーソナルデータロッカーだ。「パーソナルデータロッカーでは、誰にどの情報を出すかを自分がコントロールできます。例えば家賃の支払いなどの信用情報も、伝える必要がある人には伝え、不要な人には伝えないという制御ができます。すなわち信用をホワイトリスト的に使うことができます」(佐藤氏)。こうした仕組みを使って、ジャスミーが提供するファントークンの「サガン鳥栖ファントークン」では、自身のデータをしっかり守ることと情報の出所を保証することで積極的にファン同士が相互にデータを活用できるようにしている。

パーソナルデータロッカーの使い道として、佐藤氏はこんな提案もする。「これまでのAI(人工知能)はビッグデータなどから学習した集合知でした。しかし、AIだけが見られる自分専用のパーソナルデータロッカーを用意すれば、自分に向けて新しい価値を提供するAIを作ることもできます」。データの民主化の1つの到達点として、自分専用のAIが自分の行動や考えをサポートしてくれるような時代がくるかもしれない。

多様性のある社会を守る

ジャスミーのIoTプラットフォームを活用していくことで、様々な分野でデータを安全かつ自在に使える環境が到来する可能性がある。その用途は幅広い。

1つはデジタルツイン。「デジタルツインではバーチャル空間側で制御を乗っ取られてしまったら、リアル空間の機器などが暴走する危険性があります。本人性の確認には、ブロックチェーンが有効で、本人以外の制御を防ぐことができます」(佐藤氏)。

カーボンクレジットでも活用が期待される。佐藤氏は「CO2の吸収をIoTデバイスで測定する際に、そのIoTデバイスが適切な場所で適切に測定しているかが確認できないと、意図的な操作が可能です。IoTのデータ管理にブロックチェーンを使うことで、正しく測定している機器からのデータであることが確認でき、カーボンクレジットのマーケットプレイスの有効な活用につながります」と説明する。

さらに日本旅行との取り組みも進めている。「旅行では、団体旅行や個人旅行、仕事の出張などで同じ人でも異なるデータを渡したいケースがあります。データそのものはパーソナルデータロッカーに貯めてもらって、次の旅行で渡したいデータだけを旅行会社に渡す制御をすることで、適切な情報を元にした旅行プランや飲食店などを提供してもらえます。ジャスミーが特許申請している技術で、渡す情報の粒度を適切に変えられることで実現します」(佐藤氏)。

佐藤氏は、「個人情報保護法の黎明期に守りに入ったのと同様に、今は個人に関係するデジタルデータを危険だからといって出さないことが正しいと思い始めているように感じます。しかし、それではソリューションは進化できません。元々のインターネットは、多様性を認めるものでした。書店に置いていない書籍を買えるロングテールのサービスはその代表でしょう。しかし、ビッグデータ化が進み、効率的、類型化が進むことで、多くの人の行動に従ったリコメンドが表示されるように多様性が失われているように感じます。データの民主化は、もう少し多様性を認められる社会を作るカギを握ると思います」と語る。多様性のある社会を守り続けるためにも、自分のデータを自分で制御できるデータの民主化について誰もが考えておく必要があるのだ。