松浦晋也

松浦晋也

日本最大のパラボラアンテナ。JAXA臼田宇宙空間観測所にある。

(写真:qantas / shutterstock

3.11でも生かされなかった大量の地球観測データ。活用には本気で公開の検討を

前回、日本政府が莫大な資金を地球観測衛星につぎ込んでいることを紹介した。問題は金額ではなく、それが活用できているのかという点にある。情報収集衛星の現在を科学ジャーナリストの松浦晋也氏が紹介する。

Updated by Shinya Matsuura on February, 21, 2023, 5:00 am JST

年間800億円をつぎ込んでいる情報収集衛星。衛星は1月にさらに増えた

前回のラストに「高分解能地球観測衛星を8機も擁するようになった情報収集衛星システムは、今や日本にとって未来の情報環境に向けての試金石となる可能性を持っているのである。」と書いた。

すでにこの文章は、訂正が必要になっている。2023年1月26日にH-IIAロケット46号機で、レーダー衛星7号機が打ち上げられた。したがってこの文章は「高分解能地球観測衛星を9機も擁するようになった情報収集衛星システムは——」と書き直す必要がある。2023年度中には光学衛星8号機も打ち上げられる予定となっており、2023年度末にはさらに書き換える必要があるかも知れない。現在もっとも古い稼働中の衛星は2011年打ち上げのレーダー3号機なので、いつ運用を終了するか、という問題はあるけれども。

一切公開されない観測データ。けれど総理への報告タイミングは推測可能

では、これら高分解能地球観測衛星が取得する観測データが、現在どのように扱われているかというと、そのすべてが2013年に制定された「特定秘密の保護に関する法律」に基づいて秘密指定され、一切表に出せないことになっている。直接観測データを処理できるのは衛星の運用を行っている内閣官房・内閣衛星情報センターの情報処理部門だけで、直接の画像データは内閣メンバーにも公開されていないという。内閣衛星情報センターでは画像から有用な情報を抽出し、その情報を持って分析官が首相官邸に向かい、内閣総理大臣以下の閣僚に対してブリーフィングを行っている。つまり政治が判断材料として手にするのは、情報収集衛星の画像ではなく、そこから得られた情報のみ。これは、衛星取得画像をなまじ素人である閣僚が勝手に解釈したら、かえって判断を誤るということなのだろう。

センターの分析官がどのタイミングで内閣総理大臣に説明を行っているかは、各メディアの「首相動静」欄である程度は知る事ができる。
特定秘密の保護に関する法律の運用状況は、内閣官房が毎年「特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施の状況に関する報告」という報告書にして発表している。この報告書には、官庁別の秘密指定を受けた文書の数が掲載されている。外交機密を持つ外務省、防衛機密を持つ防衛省が図抜けて多いのは当然なのだが、内閣衛星情報センターを持つ内閣官房もそれらと匹敵するほど多い。その数字は以下の通りである。

2014年度 5万5,829件
2015年度 7万6,254件
2016年度 8万3,471件
2017年度 9万2,146件
2018年度 10万4,869件
2019年度、11万7,702件
2020年度 12万9,026件
2021年度 14万4,416件

これら内閣官房の秘密書類がすべて情報収集衛星の取得データではないだろう。しかしこの数の多さと、増え方からすると、内閣衛星情報センターが情報収集衛星の撮影画像をひとつひとつのファイルに機密指定をかけて計数していることは間違いない。内閣官房の所管で、毎年確実に機密指定を受けて増え続ける情報は、情報収集衛星の取得データしかない。

エベレストとヌプツェ
エベレストとヌプツェの峰々をカラパタールから撮る。

地球観測衛星は、スキャナーのように地表を一定の幅で観測していく。観測したデータは衛星内のデータレコーダーに蓄積され、地上局上空を通過する時に地上へと送信。レコーダーの容量にもよるが、地球観測データはサイズが大きいので、1回ないしは数回の観測でレコーダーは一杯になる。つまりレコーダーのサイズが観測範囲の上限を決める。地上へのデータ送信後にデータレコーダー内のデータは消去して、次の観測に備える。
この、1回の観測で得られる「〇月〇日にどこそこを観測したデータのファイル」を、書類1つと数えているのだろう。

このように、地球観測衛星のデータには2つの枷が嵌まっている。ひとつは衛星搭載データレコーダーの容量であり、もうひとつは地上へのデータ伝送速度だ。いくら地表を詳細に観測しても、データを蓄積し、地上局に送信しなくては意味がない。

機密書類の増え方が加速している

ここで、各年度毎の機密書類の増え方を見ていくことにする。特に注目すべきは2017年度から2021年度にかけて、年1万数千ずつ増えているというところだ。これはおそらく、情報収集衛星システムが年間1万回ほどの撮像を行っていることを意味する。衛星が8機とすると、1機あたり1日平均3.4回。情報収集衛星が使用する太陽同期準回帰軌道では、衛星は1日に地球を15周回する。どうやら3~4周回に1回の観測を行い、2~3周回でデータを地上に伝送しているらしき運用状況がうかがえる。

2021年度には一気に1万5,400件ほどの増加で、増え方に加速がかかっている。これは、2020年11月に、データ中継衛星が打ち上げられて、データ送信可能な時間帯が増えたからだろう。地上局への直接送信は、衛星が地上局上空を通過する1回10分ほどの短い時間にしか行えない。これに対して、地球観測衛星から1度静止軌道上のデータ中継衛星にデータを送信し、そこから地上局へとデータ送信する方式では、データ送信可能な時間帯が飛躍的に増える。この方式では、地球観測衛星の側もデータ中継衛星との通信機能を搭載する必要がある。2021年度の段階で、データ中継衛星との通信機能を搭載した情報収集衛星は、2020年2月打ち上げの「光学7号機」の1機だけだった。衛星1機がデータ中継衛星を利用できるようになっただけで、年間数千件は観測件数を増やすことができたと推定できる。

今後、今後さらにデータ中継衛星もデータ中継衛星との通信機能を持つ情報収集衛星も増えていく予定だ。衛星1機だけで、年間数千件の機密書類増加が起きているとすると、今後内閣官房の機密指定書類は、年間数万件のオーダーで増えていくことになるだろう。

衛星取得データは死蔵されているのでは?

では、それらの膨大かつ増加する一方の衛星取得データはきちんと分析されているのか。
内閣官房・内閣衛星情報センターは設立以来、継続的に画像情報解析要員を募集し続けている。いったいどれほどの人数を採用しているかは公表されていない。が、解析要員は、機密情報へのアクセス資格を持つ必要がある。
「特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施の状況に関する報告」には、官庁別の 特定秘密の取扱いの業務を行うことができる者の数が掲載されている。内閣官房の人数は以下の通りである。

2015年度 1,367 うち内閣官房職員が663 外部委託企業社員などが704
2016年度 1,803 同747 1,056
2017年度 2,036 同799 1,237
2018年度 2,154 同828 1,326
2019年度 2,175 同853 1,322
2020年度 1,973 同871 1,102
2021年度 1,945 同885 1,060

この数字は内閣官房全体のものであって、すべてが内閣衛星情報センターに関係する人数ではないことに注意する必要がある。こういう場合は数字を細かく精査するよりも、大まかな数字の推移で傾向を把握したほうがよい。

まず、内閣官房職員は6年間で138名増加。年間20名強規模の増員が継続している。その一方で、外部組織に所属しつつ機密情報を取り扱う者は2015年度から2019年度にかけて300人近く増えているが、2020年度に一気に200人以上減っている。これが何を意味するかは分からない。外部委託を受けていた企業が何らかの理由でまるごと資格停止になったと考えるのが一番妥当だろう。しかし、それが情報収集衛星関連か否かは分からない。

ひとつはっきりしているのは、2021年度に、新規に秘密指定を受ける情報の件数が、前年度までの約1万件から一気に1万5,000件近く増えているのに、秘密情報を扱う資格の者は逆に減ったまま増えていないということだ。人員の増加率より、情報の増加率のほうが大きい。
これは情報収集衛星の取得したデータが十分に解析され活用されることなく、秘密指定の向こう側に溜め込まれ、死蔵されていることを示唆する。同時に、現状のままでは今後とも解析が追いつかないで死蔵する情報が増えるということを意味する。

解析の頼みの綱、AIは使えるか?

ここまでの連載で見てきたように、今、地球観測データの解析には人工知能(AI)活用の波が来ている。AIを使えば、これまでよりはるかに迅速に、大量のデータを処理して有用な情報を抽出することができる。
ただし、そのためには大量の地球観測データとグラウンドトゥルース情報とでAIを学習させる必要がある。地球観測センサーはそれぞれに仕様が異なるので、情報収集衛星のデータを解析するAIは、情報収集衛星の取得データで学習させる必要がある。

エベレストとヌプツェ
エベレストとヌプツェの峰々をカラパタールから撮る。

内閣官房がAIを使ったデータ解析に手を出しているかは分からない。ただし、学習のためには、秘密指定を受けている情報収集衛星の取得データが必須である。つまり衛星取得データが法による秘密指定を受ける現状では、内閣官房が自らAIの学習の研究開発に進出する以外に、AI利用でデータ解析を効率化する方法はない。
内閣官房の求人情報を見るに、求めているのは解析ができる現業の人材であって、AIを使った解析というような研究・開発のできる人材ではない。つまり、現状で内閣衛星情報センター内で、AI利用の解析技術の開発が行われている可能性は低い。

最大のチャンスは福島第一原子力発電所の事故でうやむやに

と、するなら、情報収集衛星システムをより一層高度に活用するためには取得データの機密指定を一部でも解除して、大学や研究機関などでAI利用のデータ解析の研究を立ち上げる必要がある。
実は過去に一度、情報収集衛星のデータを公開できないかという動きが立ち上がりかけたことがある。2011年3月11日の東日本大震災当日、宇宙関係の学識経験者の間から「未曾有の大災害である以上、情報収集衛星で速やかな観測を行い、そのデータを一般に公開すべきだ」という声が上がったのである。

このとき、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が運用していた地球観測衛星「だいち」は、緊急観測態勢を組み、翌12日には東北地方太平洋岸の観測を行って津波被害の広域把握を可能にするなどの活動をしている。
情報収集衛星導入時の閣議決定(1998年12月22日)には「外交・防衛等の安全保障及び大規模災害等への対応等の危機管理のために必要な情報の収集を主な目的として、情報収集衛星を導入する」とある。つまり、日本国は情報収集衛星システムを運用する目的は、「外交・防衛等の安全保障」と「大規模災害等への対応等の危機管理」の2つなのだ。1000年に1度という巨大な規模な地震災害が発生した以上、災害救助や復興に向けて情報収集衛星を活用しないなどということがあってはならない。

災害救助において重要なのは、救助に携わる者が被害状況に関する情報を共有することだ。大災害が起きてしまった以上、情報収集衛星の取得データは公開すべきである。学識経験者たちはこの論理で、当時の菅直人首相に、データの公開を進言しようとした。
しかし同日、福島第一原子力発電所の事故が発生してしまう。原子炉内部の核燃料が溶融して炉内に崩れ落ち、放射性物質が大気中に放出される大事故に、菅首相の関心は集中し、他のことに耳を傾けられる状況ではなくなってしまった。そのため「情報収集衛星のデータを公開すべき」という声は首相まで届く事なく終わった。

東日本大震災の時点では、まだ「特定秘密の保護に関する法律」はなく、情報収集衛星の取得データの秘匿は、内閣官房の裁量で行われていた。しかし現在では法の裏付けを持ったデータの秘匿が行われており、今から公開を行うとなると、その困難さは東日本大震災時の比ではないだろう。
しかし、限られた公開情報で現在の状況を推測していると、情報収集衛星のデータを有効利用していくには、データの情報公開が必須であることが見えてくるのである。

参照リンク
情報収集衛星レーター衛星7号機打ち上げ成功(科学技術振興機構 サイエンスポータル) 
情報収集衛星の概要(内閣衛星情報センター) 
特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施の状況に関する報告(内閣官房) 
内閣衛星情報センター 理工系学生のための採用案内 2022-2023(内閣官房)
東日本大震災-JAXA地球観測の記録(JAXA)