本棚演算

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高齢者向けサロンでeスポーツでプレイする様子。

eスポーツで秘境を活性化。ヒトを育てるeスポーツプレイヤー(宮崎県椎葉村)

あなたはDXは大都市から進んでいくものと思い込んでいないだろうか?実は、課題の多い地方こそDXは進んでいるのである。
その実例として、ここではeスポーツで地域を変えた宮崎県椎葉村の取り組みを事業を支える地域おこし協力隊員の視点から紹介していこう。教えてくれるのはマイク・直樹・ソーントン氏だ。

Updated by Hondana Enzan on January, 26, 2023, 5:00 am JST

地域おこしを担ったエンジニアは、元自転車競技選手

私は2022年4月より地域おこし協力隊として、日本三大秘境に数えられる宮崎県の椎葉村で「ヒトを育てるeスポーツプレイヤー」というミッションのもと、地域の活性化を目指しています。本記事では、私がサイバーセキュリティのコンサルタントであった頃の経験などをもとに、eスポーツを通してどのように地域の活性化を目指しているのかを紹介します。

私はアメリカのハワイ州で生まれ、4歳の時に日本に移りました。高校を卒業するまで広島県で育ち、デンマークでの交換留学を経て、京都にある大学を卒業しました。卒業後は一度広島に戻って、外資系の小売業に就職しました。中学生から自転車競技に打ち込み、ロードレースとトラックレースでインターハイやインカレ、全日本選手権などに出場するほど夢中になっていましたが、山形県の支店へ転勤して、冬は大雪で自転車に乗れない事が度々ありました。そこで家でできる趣味を探していたところ、プログラミングに出会い、それから数か月の内には、クラウドソーシングサイトのクラウドワークスやランサーズなどで副業として小規模のシステム開発を請け負っていました。小売業を退職してしばらくは、個人事業主として神奈川にある「英語漬けシェアハウス」(外国籍の入居者を積極的に迎えて、定期的に無料英会話レッスンを実施するシェアハウス)の管理人とシステム開発の2足のわらじで生活していました。しかしコロナが到来して、入居者率で給料が増減する契約は生活が難しいと判断した私は、サイバーセキュリティ企業に就職しました。そこでは、サイバーセキュリティコンサルとして船舶管理会社や造船所を対象とした、サイバーセキュリティマネジメントシステムの提案から作成までを担当していました。

eスポーツプレイヤーが「ヒトを育てる」には?

セキュリティ企業を退職した後は、地域おこし協力隊として「ヒトを育てるeスポーツプレイヤー」というミッションのもと、宮崎県の椎葉村に移りました。地域おこし協力隊として応募した当時は「eスポーツを通して秘境を盛り上げる」という大まかなコンセプトがあったものの、具体的なゴールや取り組みの内容、対象者などはほとんど決まっていませんでした。仕事内容を自身の裁量で決められることを「腕の見せ所」として楽しみながら、これからの方針や具体的な方法などを考えています。後述しますが、私はキャッチコピーにある「ヒトを育てる」対象を「個人」と「集団(コミュニティ)」に分けて、この2本柱をもとに、eスポーツを通して椎葉村を盛り上げていこうという方針を固めました。

教室の様子
教室でeスポーツをプレイする子どもたちの様子。(著者提供)

ちなみに、私はプロのeスポーツ選手ではありません。趣味で複数のゲームタイトルをプレイしたことはありましたが、教室の参加者には好きなゲームタイトルを選択させていることもあり、技術面で指導できる範囲は限られています。場合によっては参加者のスキルが私を上回ることもありますが、スポーツでも世界1位の選手が監督やコーチの指導を請うように、技術面だけでなく様々な部分で参加者に指導できることはあると考えています。指導者と参加者が一緒に学ぶというスタンスを取ることで、私がこれまでプレイしたことがないゲームタイトルも教室で取り扱うことが出来るようになり、参加者の中だるみを防ぐという副産物も得られると期待しています。

カリキュラムを通じて、論理的思考力と問題解決力、そしてITリテラシーを向上

ここ数年、日本でeスポーツ学科を設ける専門学校や大学が増え始めています。しかし国から「こういった内容を教えなさい」という具体的な指示を受けているわけではありません。コンセプトやカリキュラムは講師が考えている事が多く、それは椎葉村においても同様です。

現時点で私は「個人」と「集団(コミュニティ)」を育てることを目的としてeスポーツを通して椎葉村を盛り上げるにあたり、以下の方針をもとに取り組んでいます。

「個人」の対象は主に小~中学生であり、教育ツールとしてeスポーツを用いることをコンセプトとしています。具体的には、毎週土曜日に1回2時間の教室を実施する他に、夏休み等の長期休暇を利用した集中講座を開催しています。この教室で参加者に期待していることは大きく2つ、論理的思考力・問題解決力の向上と、参加者の一般的なITリテラシーの向上です。

現在開かれているeスポーツ教室は、3か月を1シーズンとして、参加者には好きなゲームタイトルの選定後、それぞれ大・中・小の目標を探してもらいます。3か月後のシーズン終了時に達成したい目標を大、1か月ごとに達成したい目標を中、毎週の教室で達成したい目標を小と定めています。目標として定めるものは、ゲームタイトル内で設定されている称号の獲得や高難易度な技の習得といった、数字など客観的に判断できる成果を対象としています。目標や課題を達成するために何が必要なのか。そういった判断を目標から逆算しながら考えてもらうことを、eスポーツ教室の基本方針としています。

教室の様子2
eスポーツの参加者たち。(著者提供)

また、ITリテラシー向上に関しては、主にプレイ中のオンラインボイスチャットやメンバー同士のやり取りに注意を向けること、そして検索スキルの向上を図っています。オンライン上でチャットを行う際のマナーや、物事が思うように運ばなかった場合の感情のコントロール方法などを指導しています。また、検索スキルに関しては、課題を見つけて解決方法を模索する際に、ネットで効果的に調べる方法を指導しています。情報の真偽や検索ワードの選定など、私がエンジニアとして検索エンジンを使用する際のポイント等を伝えることで、参加者自身が効果的に解決策を探せる方法を指導しています。

94歳の女性が「生まれて初めて車を運転した」

「集団」は、椎葉村コミュニティを強化するというコンセプトのもとに取り組んでいます。子供やお年寄りといった垣根を取り除いて、共通の話題や楽しめる場所を提供するために、コミュニケーションツールとしてeスポーツを用いることとしています。主な活動として、椎葉村で開かれるお祭りで特設ブースを構えて開催するeスポーツ大会や、お年寄りの健康寿命の延伸や娯楽の提供を目的として椎葉村各地で行われている高齢者向けサロンの訪問を行っています。

2022年11月には、椎葉村で行われた「厳島神社まつり」というイベントにて、SEGA様より大会開催の許可を頂き、ぷよぷよのeスポーツ大会を小学生対象のトーナメント形式で開催しました。大会出場者は、最初は操作に戸惑いながらも、時間が経つにつれてプレイに夢中になり、最後は観戦者も一丸となって絶叫しながらプレイしていました。

高齢者向けサロンに関しては、ゲームを通して新しいことに挑戦してもらうことで、手や体全体を使うことによる脳の活性化、そして話題の提供を目的として訪問しています。
最初はeスポーツの簡単な説明から始まり、シンプルなルールのゲームを選ぶことで、参加の敷居を低くすることを意識しながらプレイしてもらっています。現在まで、ハンドル型のコントローラーを使ったレーシングゲームやピンボール、パズルゲームをサロンで行っています。男女関係なく楽しんでいただけている印象で、特にこれまで車を運転したことがなかった94歳の女性からレーシングゲームをプレイした後「生まれて初めて車を運転した。今日の日記に記そう」という感想を頂けたのは印象的でした。

使えるものは使う、サイバーセキュリティコンサルの経験も例外なし

先述の通り、私はプライベートでeスポーツを嗜みますが、著名なeスポーツの大会に出場したこともなく、ましてやプロ選手として活動しているわけではありません。そのため現在の活動は毎日のように新しいことに直面していますが、私がこれまでに得た経験や知識が、協力隊の活動に役に立ったということは幾度もありました。サイバーセキュリティコンサルの経験も同様です。一見するとeスポーツと繋がりが無いように見える両者ですが、私はeスポーツ教室で「ロジカルに物事を考える」という指導方針を支えるうえで、コンサルの経験は大いに役立っていると思います。

eスポーツ教室の様子。(著者提供)

コンサル業に従事していた当時は、専門外の業界の専門家に対しても提案をするということがありました。業界の専門家に対して納得してもらえる分析や提案を行うには「相手の土俵に立つ」のではなく「相手に自分の土俵に乗ってもらう」必要があります。そのためには、予めクライアントとともに明確な課題や目的を定めて、客観的な根拠をもとに逆算して、提案内容に重複、漏れ、ズレが無いようにする、いわゆるロジカルシンキングが求められます。ロジカルシンキングの必要性は学校でプログラミングの授業が行われる理由の1つですが、この考え方はプログラミングに限らず、勉強やスポーツなど様々な場面に活用できます。「いろいろな場面で使えるのなら、eスポーツでも使えるよね?」という仮説のもと、私が運営するeスポーツ教室のカリキュラムが形作られています。そういった経緯で、参加者には大、中、小の目的を探してもらい、そこから逆算して分析や仮説を立てる練習ができる機会を提供しています。

eスポーツの合宿誘致でさらに地域を活性化

現在は椎葉村の「内側」から活性化を目指していますが、2023年は「外側」からのアプローチも視野に入れています。具体的には、プロやアマチュアを問わないeスポーツチームの椎葉村への合宿誘致です。トレーニングキャンプとして椎葉村でトレーニングする一方で、椎葉村のeスポーツチームとの交流の機会を設けたいと考えています。また、村外のチームに椎葉村の観光資源にも触れてもらう機会を提供することで、椎葉村の関係人口の創出にもつながるのではないかと期待しています。椎葉村では、スポーツチームに限らず観光事業を取り扱う団体の誘致なども行っている最中です。

また、学校の総合学習や部活動としてeスポーツが起用される道も模索しています。現在は椎葉村交流施設Katerieにて教室や大会を開催していますが、学校との連携を強化することで、より多くの子供たちにeスポーツを通して、新しい角度から教育の機会を提供できるのではないかと考えています。

  

                         文:マイク・直樹・ソーントン