瀬谷ルミ子

瀬谷ルミ子

ネットワークでつながる武装集団。遠い国の紛争と無縁でいられない時代に争いを防ぐ方法

世界中のあらゆる情報が行き交う時代においては、誰もが遠い国で起きている紛争と無縁ではいられない。気がつけば、巨大なネットワークに取り込まれて武力衝突に巻き込まれてしまう可能性すらある。現代における紛争とはなにか、それを防ぐ手立てはあるのか。かつて武装解除の専門家として活動し、現在は争い予防に取り組む認定NPO法人REALs(リアルズ)(Reach Alternatives(リーチオルタナティブズ)理事長の瀬谷ルミ子氏に話を聞いた。

Updated by Seya Rumiko on November, 24, 2022, 5:00 am JST

世界的なネットワークのなかにいるDDRの第3世代

――武装解除(DDR)のお仕事は、20年前と現代では随分と違ってきているそうですね。

瀬谷 武装解除(DDR)にはいくつか世代があるんです。
シエラレオネの政府と反政府勢力のような、正式な和平合意に基づく武装解除がDDRの第1世代です(詳しくは前稿を参照)。正規軍や、武装勢力など、ある程度の軍の指揮系統下にある人々が対象となります。

その後、国連や主導国の政治力の低下などにより、そもそも和平合意自体が存在しない、成立しない状況で、一定の勢力を解体しなければいけない事態が増加しました。ギャングなど、その地域で治安を悪化させるような人たちの武装解除ですね。そのような集団にもDDRの一部のノウハウは有効だろうということで、これを兵士や武装勢力ではない人々に横展開していくことになったんです。これがDDRの第2世代。ギャングたちって一般人との区切りがつけにくいんです。一般市民なのか、単なる不良なのか、完全にプロフェッショナルなギャングなのか、なかなか判断がつかない。第1世代のような定義づけや区分がしづらいので、より広い層、将来的に加害者にまわりそうな層に向けて、暴力削減のために生計向上や暴力を問題解決手段にさせないためのプログラムが行われています。

第2世代は兵士でなくても、治安の脅威となりうる特定の国や地域にいる人々を対象にすることが特徴的でしたが、その後はさらに新たに第3世代のDDRが必要になりました。いわゆるテロリストのように、宗教や思想などイデオロギーに基づきやや外国人の戦闘員など、国境を超えて移動したりネットワークを持つ人々が対象です。

――第3世代のDDRに何か特徴はあるのですか?

瀬谷 第3世代のDDRは、そもそも若者が暴力的過激主義やテロ組織などに深く関わっていかないように未然に防ぐ取り組みが重要です。そのためには、若者たちがそのような活動に惹かれてしまう社会の根本的問題を解決する一方、若者がテロ組織に近づいていく予兆を気づけるようにすること、それを相談して解決できるしくみを作ることが必要になります。

ロンブク氷河 チベット
チベットのロンブク氷河。エベレストのふもとに鎮座する。

若者たちがそういう組織や活動に傾倒していく予兆は結構あるんです。予兆は発言が暴力的になったり、夜な夜なYouTubeでのテロ組織とかの動画を見るようになったり、あと仕事をしてないはずなのにいきなり羽振りが良くなったりするなどですね。急にそれまでとは違う友人グループと付き合うようになる、というのもあります。このような予兆は、家族や学校の先生、友人たちなど周囲の人は感じ取っているんです。アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、中東など、世界中のどの地域でも共通するのですが、周りの人が「おかしいな」と変化に気づいてはいるけれど、相談できる場がない。

例えば警察に相談すると、勘違いであっても要注意人物リストに載せられて就職や進学に響くかもしれないと、躊躇します。行政や警察に信用できるプラットフォームがない。そうこうしているうちに、当の本人が実際に武装勢力やテロ組織とネットでつながったり、勧誘を受け、過激化が進んでいきます。

過激化は半年から1年で一気に進む

――ネットがテロ組織や武装勢力とつながる入口になっていると。

瀬谷 現代は、テロ組織が若者受けする動画を作って流すこともあるので、何か人生に挫折したときや無気力になっているときにそれをネットで見て「自分もこういうところで活躍できるかもしれない」とか「こういうことが自分の使命なのかもしれない」と、心の隙間を埋めるような気持ちで連絡を取ってしまう人もいます。

過激化は、勧誘を受け始めてから半年から1年のうちに一気に進みます。周りの人が様子見で対応しないでいるうちに、どんどん深みにはまっていくんです。テロ組織のなかには側は勧誘マニュアルを作っているところもある。そうしてある時、行方不明になって、テロ事件の関係者みたいな形で報道されて居場所を知るということが起きているんです。

REALsはそれらの予兆に対して熟知した人々を育成し、周囲の人々や当事者が安心して相談できる中立的なしくみを作っています。取り越し苦労かもしれないけれども、まずは相談ができるところです。私たちが育成するのは、学校の先生や地域の市民団体のリーダー、女性リーダーなど、元々その地域で何らかの社会活動していて、このコミュニティで信頼されていて、相談相手や子どもたち、当事者や家族に寄り添うことができる人々。

相談員になる人にはカウンセリングの方法や、最新のテロ組織の勧誘の手口、過激化の予兆などを研修で伝え、適切な対処方法を身に着けてもらいます。実際に、勧誘を受けている人や心配している親御さん、学校の先生、武装勢力の組織に参加したけど抜けられなくて困っている人たちが数多く相談にきています。

最近、私達が育成した相談員が、ある女の子がテロ組織に加わるのを防ぐことができた例がありました。最近のアフリカで増えている勧誘手口ですが、テロ組織が「金持ちの男と結婚させてあげるから」って貧しい家の女子高校生などに誘いかけるわけです。女の子は「君は学校を諦めることになるけれども、妹や弟はその金持ちの夫から援助をうけて立派な教育を受けられるから、家族のために結婚しよう」と言われて、退学しようとしていました。

ところが「金持ちの男」というのは嘘です。イスラム教圏の武装勢力とかテロ組織は、男性の戦闘員を勧誘するときに「花嫁を見つけてあげるから、組織に参加しないか」と言って勧誘する。そのためには花嫁を見つけないといけないので、貧しい家の女の子を見つけて結婚させます。女の子は金持ちでも何でもないただの戦闘員と結婚することになりますが、その頃までには、もう家族からも引き離されて別れることもできないし、逃げ出すこともできない。さらには子どもが生まれると、ますます逃げられなくなる。しかし、私たちが育成している相談員はこういった勧誘の手口に対する知見があったから、早い段階で勧誘だと気づき、その少女と家族に説明して、テロ組織への勧誘を防ぐことができました。

REALsが育成した人々が、このような取り組みを同じような問題を抱えている他の地域に広めたり、次世代にまで波及する動きも出ています。

顔を合わせる回数を重ねることで、住民が行政を信用できないという状況を変えていく

――地域のコミュニティをサポートすることが武装解除につながっているのですね。

瀬谷 今は第1世代のDDRがあまり行われないようになってきています。大規模な和平合意ができる場が成り立ちにくくなっている。国際社会の中でのスーパーパワーがなくなってきたし、数十億を超えるDDR予算が捻出できるドナーも集まりにくい。和平合意が明確に実行されずに治安が悪い状態が続いたり、内戦状態が続いていたりする中で武装勢力に対峙する状況では、第2世代と第3世代のような方法が主流になっています。

本来であれば、その地域の治安はそこに住む人々によって守られなくてはなりません。政府や警察の仕事を、住民と我々のような外国の人間だけで行うべきではありません。私たちは住民たちと信頼関係が築けるようになった時点で、警察や行政、政府、と連携する仕組みを作って、役割分担をしながら、争いやテロを防ぐしくみを作っています。

例えばケニアでは、住民主導のテロ予防の取り組みが評価され、首都ナイロビ市のテロ予防戦略の策定にREALsが参加しました。活動地では、今では住民と警察・行政が、定期的に連絡会議を設け、争いやテロ、性犯罪や子どもの被害などの情報を共有し合い、その先は自分たちで地域を守れるようになっています。

紛争地含め治安が不安定な地域は、そもそもの問題として、住民が行政や警察を信用できないという点があるんです。住民は「政府や警察は私腹を肥やすことしか考えてない」とか「賄賂を要求してばっかり」と不信感を持っているので、犯罪の被害に遭ったとしても通報なんてしない。そうすると、加害者が野放しになり、治安が悪化する一方になります。

けれどそんな中、私たちが警察の中でも信頼できる人を選んで研修をして、住民と5人対5人くらいの人数で引き合わせてみると、「警察って意外とちゃんとしているね」と思ってもらうことができる。警察の方でも住民に信頼されたいという使命感を持っている人々はいるが、その術を学ぶ機会がない人々も多い。そこから徐々に信頼関係を築いていきます。

その場で連絡先を交換しあって、犯罪の被害に遭うなどしたときに、住民が試しに出会った警察に相談をすると無事解決してくれた、という成功体験が徐々に積み上がっていきました。それを繰り返しているうちに口コミが広まって、最終的には数十人、数百人の単位で、防犯パトロールを一緒にしたり、安全な街作りに一緒に取り組むようになっていきます。

ケニアでは治安の悪いスラムでは住民間の争い、暴力や性被害が多発していましたが、REALsが住民とともに犯罪が多発する地域を特定した報告書にまとめて警察と行政に提出したところ、そこが重点的にパトロールされるようになったり、優先的に街灯が建てられるようになりました。自分たちが適切に声をあげれば、反応してもらえるんだということを住民が経験することで、より一層信頼関係ができあがっていきました。

私たちは、そのような例を他の地域に横展開したいと考えています。人材を育てることは、その次の世代にも波及するので、どの事業でも心がけています。

大金を積まなくても平和を築く方法はある

――ところで、瀬谷さんが理事長を務めるREALsは以前は「日本紛争予防センター」という団体名でした。こちらの方が活動内容がわかりやすいと思うのですが、なぜ変更されたのでしょう。

瀬谷 引き続き紛争予防に取り組んでいくことに変わりはないのですが、今後私達がどのような社会を実現したいかを考えたときのことを考えたんです。

平和という言葉を聞いたときに、日本人の少なくない割合の人が、みんなで手に手を取り合って、仲良しこよしで暮らすといったイメージを持つのではないでしょうか。

けれど、世界にはもうちょっと現実的な平和のラインが必要な社会も多い。殺し殺されあった隣人同士が仲良くする、というのは難しい。けれど相手のことが好きでなくても良いし、殴り合ったり殺し合ったりしない程度に共存できていれば、それも一つの平和です。そのバランスを保つため、現実的、つまりリアルな選択肢(Alternatives)を人々とともに見つけたり作り上げ、人々の手が届くようにすることが、私たちが目指すラインだと考えました。組織の正式名称であるReach Alternatives(リーチ・オルタナティブズ)と、略称であるREALs(リアルズ)に込めた思いです。

また、悲惨な戦争があった国などに何らかの協力ができる人たちを増やすこと、技術や資金的な支援をするといった関わり方の選択肢を増やすことにも、私たちは取り組んでいきます。それを繋ぐ、橋渡しを担うという思いを込めて、組織名を変えました。

アラスカの砂漠
広がり続けるアラスカの砂漠。原因ははっきりしないが、温暖化が進むさらに拡大する恐れがある。

平和という言葉は、日本だと非常に理想主義的な言葉として、ふんわりぼんやりしているのですが、あくまで私達が目指しているのは現実的な平和。今争っている地域で、平和の実践をするということです。

日本のように、77年も戦争がないことって素晴らしくて本当に大事なことなのですが、それを祈ることのみで実現するのは不可能です。日本では、いざ危機を目の前にすると「どうしましょうか」とすぐ思考停止になってしまったり、極論に走ってしまう傾向がある。危機に際する選択肢にしても、「自衛隊を派遣する」「政府開発援助(ODA)で資金を出す」など、限られたものしか挙がらない。でも現実には、それ以外にも平和を築くためにできる取り組みはあります。だから私は一人でも多くの人にそのことを知って欲しいし、関わり、実践してもらいたいんです。

平和構築のノウハウを蓄積していかなくては、日本はいつまでたっても他国追随型

――今年はロシアによるウクライナ侵攻があり、改めて戦争や平和について考える機会が増えました。

瀬谷 ウクライナに対して寄付をしたり、何らかの行動に及んだりした人たちは多いので、これはある意味では大きな変化でした。同時に、喉元過ぎれば熱さを忘れがちです。日本が平和や危機管理のノウハウを体系的にストックし、実践する仕組みになっていない。政府の職員の人事などでも恒常的に知見をブラッシュアップする機能がないし、外務省も専門が言語や地域ごとに分けられていて、紛争解決とか平和支援などに関わるイシューごとでスペシャリストが育ちにくい。

武装解除一つとっても、私たちがアフガニスタンで培ったノウハウが外務省のなかにはノウハウとしては残っていないです。実際に当時現場で実務にあたったのが私含め外務省のプロパーの人間ではなく、その期間だけ従事した者だけだったということもありますし、ソフトの部分での学びを残したり取り入れたり、次の支援に生かすというところに手が回っていない。知見や経験が共有されないから、しばらくたって同様のことを判断するときに、その場で新たな担当が一から判断するしかない。

とはいえ、今は私は民間の立場ですが、野次を外野席から飛ばすだけでも無責任だと思っているので、現場での平和支援を行いつつ、日本の外交や防衛、平和支援に生かせる機会には貢献したいと考えて、政府の研修などにも携わっています。日本は、外交的な判断をするときに、他国の様子を見て足並みをそろえて「日本もこれをやろう」と判断する他国追随型になりがちです。ただ、それでは一貫性のない判断になりがちだし、日本が危機の当事者になった時に、誰も日本の立場で判断してくれないので、独自の判断が必要になります。そういう意味で、私たち一人ひとりが自分ごととして、他国の危機や平和を見すえて判断し、行動していくことが求められています。

――平和構築のためには、先人たちがすでにあげた実績をきちんと体系化して積上げていくことが本当に重要だということですね。ありがとうございました。


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