窪田薫

窪田薫

北極にて。顔をのぞかせたばかりの太陽が風景をオレンジ色に染め上げる。

(写真:佐藤秀明

太古の地球のデータが集積している、樹、サンゴ、氷

現在地球温暖化が進行しているという。しかしそれは太古の気候と比べても、やはり問題になるほどのことなのか。現在の気候を、計測技術が発展する前の気候と比べてみる方法はないのか。海洋研究開発機構で古気候を研究している窪田薫氏は、地球上で「データ」を蓄えているモノを使えば、大昔の気候を推定することは可能だという。モノたちが蓄えている地球のデータについて紹介する。

Updated by Kaoru Kubota on October, 20, 2022, 5:00 am JST

現在の温暖化は人間の活動が原因だと特定できるのか

最近、気候変動に関するニュースを耳にする機会が多くなってきた。イギリス各地で観測史上最も高い40度を超す気温が観測され、日本でも観測史上最高気温を観測する都市が相次ぎ、パキスタンでは例年の10倍もの降雨によってもたらされた史上最悪の洪水によって1,200名以上の死者を出し、米フロリダに上陸したハリケーン「イアン」はアメリカ史上最悪となる100人以上の死者を出し、台風14号は中心気圧が910hPaにまで下がり、特別警報級の勢力に発達して九州に上陸した。

これらの、気温の上昇、降雨現象の極端化、台風の強化などは大気中の温室効果ガス濃度の上昇によって生じる、地球温暖化の一側面だと考えられている。例えば、気温が上昇すると、大気中の水分の保持量が増加するため、降雨現象がより極端化する。温暖化によって海洋表面も暖められているため、台風もより強大化しやすい条件が整っている(一般に水温が26.5度を上回ると台風は発生・成長すると言われる)。これらが、地球温暖化によるものだと特定するためには、単に背景にある物理(温室効果)を理解するだけでは不足している。

例えば、世界で最も長い気温観測の歴史を持つのはイギリスだが、それ以前の気温は、実際にどのように推移していたのだろうか?例えば、イギリスの気温の観測記録は1659年まで遡るが、それ以前には今よりも温暖な時代はあったのだろうか?もしそうだとしたら現在の温暖化は自然のサイクルの一環で、人間活動が原因で生じている現象と特定できないのではないだろうか?計器を用いた観測以前の気温を推定する方法はないのだろうか?これらの問いに答える一助になるのが、古気候研究である。

樹木が教えてくれる、約12,000年前からの気候の変遷

古気候(paleoclimatology)研究とは、文字通り古(paleo)の気候学(climatology)である。似た言葉に、古海洋研究(paleoceanography)があり、古気候学の中でも海洋学(oceanography)に特に焦点を当てた学問領域である。

佐渡の巨木の森
佐渡の巨木の森。奇怪な樹形は数百年を生きてきた年月を思わせる。

最も長い歴史を持つ古気候研究の一つは、樹木の年輪を使ったものであろう。木は気温や日照などの条件が良いほどよく成長するので、年輪幅の変動は気候変動の記録と見なすことができる。さらに季節変化を反映して年輪を形成するので、非常に厳密な、一年単位での年代を求めることが可能である。さらに同じ地域で、異なる年代に生育した樹木が入手できれば、樹木の寿命を超えて、数千年、あるいは数万年に及ぶ年輪の記録を作成することが可能になる。実際に、樹木年輪年代学(dendrochronology)が早くから始まった欧米では、記録は現在から遡って約12,000年前にまで及んでいる(日本でも、ヒノキやスギなどを用いて、約3,000年前まで年輪記録が遡っている)。こうした関係を利用すれば、測器による観測開始よりも前の時代の、気象条件を復元することが可能である。すなわち、樹木の年輪の幅の変動を、気温・湿度・降水量・日射量といった物理量に変換して読み解くことが可能になる。

樹木年輪年代学の地球温暖化研究への応用で有名なものは、ペンシルバニア大州立学のマイケル・マン博士が提唱したホッケースティック曲線だろう。樹木年輪の変動幅を用いて復元された、過去1,000年間の北半球の気温の記録は、それまでのほぼ横ばいないしは僅かな低下傾向から、20世紀に入って急激な上昇に転じたことを物語っていた(その形状がホッケースティックの先端に似ていることから、ホッケースティック曲線と名付けられた)。しかしながら、樹木の成長量は気温以外の因子によっても左右されるため、直接的に気温の復元に用いられるわけではないことにも留意が必要である。また、目に見える年輪を形成するのは、季節性が大きい温帯域に生息する樹木である(熱帯では季節性が小さいので年輪が形成されにくい)。従って、樹木年輪を用いて全球の気温変化を議論する際には、温帯域に記録が偏っていることにも留意が必要である。こうした過去の環境因子を復元するための指標(ここでは年輪幅)をプロキシ(代替指標、proxy)と呼ぶ。

大昔の水温を週単位で教えてくれる、塊状ハマサンゴ

陸上では、樹木が最もよく使われる試料であるが、海で最もよく使われる試料が、造礁サンゴの骨格である。中でも、塊状ハマサンゴ(massive Porites spp.)という、ドーム状のシンプルな形状をもち、成長が非常に早く(年間1〜2センチメートル)、樹木のように年輪を形成する種が、最もよく古気候研究に用いられている。

ハマサンゴは、光合成を行う藻類を共生させているため、日の当たりの良い、海のごく表層に生息する。また環境の変化に対する耐性も強いため、長寿命のものが多い(500年以上生きた群体も報告されている)。そのため、数百年間の海洋表層環境の復元に適している。ハマサンゴの頂上部からドリルを用いて垂直に掘削することで、過去数百年間を記録した数メートルの柱状試料(コア)を採取することが可能である。その骨格は炭酸カルシウム(CaCO3)でできているが、さまざまなプロキシが開発されている。

その代表的なものが、ストロンチウム・カルシウム比である(Sr/Ca比)。Sr/Ca比は、海水温の変化に応じて変化することが、ハマサンゴの室内飼育実験を通じて確かめられている。自然環境では様々な因子(水温、塩分、日射量、濁度、など)が変動するために、どの因子が影響を与えているかを特定することが難しいが、飼育実験を通じてある一つの因子のみを変化させることで、プロキシの厳密性を確かめることが可能である。ハマサンゴの骨格成長量が大きいことと、Sr/Ca比の分析に必要な炭酸カルシウム量がそれほど大きくないため、週〜月単位での水温の復元が可能である。

日本でも、鹿児島県喜界島で見つかった塊状ハマサンゴを用いて、西暦1578年まで遡る水温復元記録が作成されている。Sr/Ca比の水温依存性は、樹木の年輪と異なり、生物の生理学的な作用の影響を被りにくく、ほぼ物理化学に支配されたプロキシであり、より定量的な水温復元が可能である。こうした、化学的な手法で地球の成り立ちを研究する学問領域を地球化学(geochemistry)といい、古気候研究における有力なアプローチの一つである。特に、塊状ハマサンゴの骨格の、様々な主要・微量元素・同位体(化学的に同じ元素だが、質量数が異なるので物理的な挙動が異なる元素)を用いた、あらゆるプロキシが開発され、古気候研究に活用されている(水温、塩分、日射量、濁度など)。ただしサンゴも分布域が熱帯〜亜熱帯の、浅海域に限られるため、全ての海洋をカバーすることはできない。良質な古気候記録が得られるのは、たまたま長寿の塊状ハマサンゴが生息する海域に限られる。

プロキシの宝庫、アイスコア

寒帯域はどうだろうか。以上に挙げた2つの古気候指標はともに生物であったが、生物を寄せ付けない極寒の環境で活躍しているのが、氷である。現在、氷床(ice sheet)と呼ばれる分厚い氷の塊が、グリーンランドと南極に存在する。また、標高の高い山脈にも氷河という形で氷が保存されている。これらの氷を上から垂直に掘削し、コアを採取することによって、現在から過去に遡る試料を得ることができる(アイスコア、ice core)。

パタゴニアのウプサラ氷河
パタゴニアのウプサラ氷河。ロス・グラシアレス国立公園内にある最大規模の氷河だ。

ただし、降り積もった氷は脈々と上から降り積もってその場に留まっているわけではなく、自らの重みによって流動している。そのため、どこで氷を掘削しても、良質な古気候試料が得られるわけではない。例えば、グリーンランドや南極の場合は、山頂(ドーム)付近で掘削が行われ、より古い時代まで遡るアイスコアが採取されている(これまでで最も古い記録は、南極のドームCで採取された、約80万年前まで遡るもの)。

アイスコアも、サンゴの骨格のように古気候プロキシの宝庫である。グリーンランド氷床から得られたアイスコアの中で、気温が復元できるプロキシが酸素同位体比(18の質量数の酸素と16の質量数の酸素の比)である。過去12万年間に及ぶ気温が復元されており、人類のかけがえのない財産となっている。一方の南極では、アイスコアの水素同位体比(2の質量数の水素と1の質量数の水素の比)を用いて、過去80万年間に及ぶ気温が復元されている。

古気候試料探しとより良いプロキシの開発は、日夜進行中

以上に挙げた樹木年輪、サンゴ、アイスコア以外にも様々な古気候試料があり、その中には、海の堆積物(プランクトンの死骸などを含む)、湖の堆積物(珪藻の化石や花粉などを含む)、鍾乳石(炭酸カルシウムでできており、酸素同位体比が降水量のプロキシになる)、歴史文書(悪天候が原因の飢饉の発生数など)などが含まれる。世界中で集められた古気候データが、主にアメリカ大気海洋局のホームページなどにまとめられ、公開されている。

一般に、時代を遡れば遡るほど、古気候試料は得られにくく、またそこからプロキシを用いて復元される因子の推定精度も悪くなる傾向がある。そのため、比較的最近で、地球温暖化の影響を評価しやすい時代である、過去2,000年間の良質な古気候指標のみをまとめた研究者ネットワーク(PAGES 2k Network)も存在する。2020年時点で、世界の648地点から、692に及ぶ約一年解像度の古気候記録が得られており、コンパイルされている。その内訳を見ると、樹木年輪が415、サンゴが96、アイスコアが49である(参考までに、海と湖の堆積物がそれぞれ58と42ある)。

前述のように、古気候記録は試料が得られるかどうかに左右されるため、空間的に非常に不均質である。また、大洋の中央部付近や、南半球(特に途上国)からの記録は非常に限定的である。そのため、全球的な気温の復元などを古気候記録から評価する際には、記録が得られていない地域については周囲の記録から外挿するなどしている。
地球温暖化を含む全球的な気候変化問題で、世界で最も権威あるアセスメント資料がIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の特別報告書である。2007年に発行されたIPCCの第4次評価報告書の第一作業部会(WG1)の報告書で、初めて古気候(Paleoclimate)の章が設けられた。その後IPCCは第5次、第6次報告書をそれぞれ2013年、2021年に公表し知識のアップデートを行なっているが、古気候研究の重要度は年々増してきている。空白域を埋める新たな古気候試料探しと、より良いプロキシの開発とが日夜進行中である。