大気中の二酸化炭素はどのように測られるのか
地球観測衛星は、地球を周回する軌道から地球表面を観測する。観測する手段は光、地表を照らす太陽光の反射をつかう。この時、光は大気の層を通過する。
我々は「空気は透明」と思っているが、これは我々の眼が、大気を通過しやすい波長の光を利用するように進化した結果だ。波長によっては大気は決して透明ではなく、むしろ真っ黒である場合もある。大気を通りやすい光の波長帯のことを「大気の窓」という。可視光付近なら波長350nmから1000nm(1μm)付近が大気の窓だ。これよりも波長の短い紫外線、X線、ガンマ線などは大気を透過しない。逆に波長の長い方に向かうと、赤外線領域では、大気を構成する様々な物質による特定の波長の吸収が存在し、その隙間に小さな窓がいくつも開いている。物質による光の吸収があるということは、逆に言えば、特定波長帯の吸収から大気の成分を観測できるということでもある。実際に、オゾンや二酸化炭素といった大気成分をこの波長帯で観測する衛星が打ち上げられ、運用されている。
大気を透過しない波長の光で宇宙を観測したければ、大気圏の外に出て観測を行う必要がある。波長によっては、気球で到達できる高度20km以上で、観測が可能になったりもする。望遠鏡を気球に積んだり、あるいは衛星に積んで宇宙に送り込んだりして観測を行うわけだ。
雲が多い地域では電波が活躍
光を使って観測する地球観測衛星には、ひとつ大きな問題点がある。雲が出ていると、その下の地表を観測できないということだ。地球上には熱帯を中心に雨がちの地域もあり、そういう場所は宇宙からの観測頻度が落ちることになる。
ところで、光とは電磁波であり、波長の長い領域のことを我々は電波と呼んでいる。電波にも「大気の窓」がある。電波における大気の窓は波長で言えば1mmから30m、周波数で言えば10MHzから300GHzと幅広い。
電波は雲を透過する。雲は小さな水滴や氷の粒の集まりだ。光は散乱されてしまうので、雲を透過できない。しかし光より波長の長い電波なら、粒を回り込んで向こう側へと抜けることができる。つまり、大気を透過する10MHzから300GHzの電波を使えば、雲が出ていても、その下にある地表を観ることができる。
もちろん光と電波とでは性質が異なるので、そのまますぐに「観る」ことはできず、さまざまな工夫が必要になる。
まず電波で地表を見ようと思ったら、衛星から電波を地表に照射し、反射を受信する必要がある。太陽は光と同時に電波も放射しているが、光と同じように、地表で反射した大陽電波を衛星で受信して画像を得ようと思ったら、もの凄く大きな、それこそ差し渡し数百とか数千kmものアンテナが必要になってしまう。だから、衛星からうんと絞り込んだ電波を短時間のパルスとして発射して、その反射を受信するというやり方をとるしかない。
ところが、電波を小さく絞り込んで放射するためにも大きなアンテナが必要だ。光学衛星並みの解像度を求めるとなると、送信ア ンテナの大きさは数kmとか数十kmとというようなものになる。だいぶ小さくはなったが、まだまだ非現実的な大きさだ。
ではどうするか。干渉を利用する。
衛星に電波の発信源を搭載し、アンテナからパルス状にごく短い時間だけ電波を放射する。電波は地表で反射して衛星に帰ってくる。また短い時間感覚で次のパルスを送り、また受信する。この時各パルスの電波の位相を合わせておく。
ところで、高度数百kmで地球を巡る衛星は秒速約7.8kmで飛んでいる。このため、2つの送信と受信の間で数m移動することになる。すると受信した電波の位相がずれる。これを何回も繰り返して、得られたデータを干渉させる。具体的にはコンピュータを使って物理的に干渉させたのと同じ演算を行う。すると、衛星が移動した距離と同じ大きさのアンテナで送受信したのと同等の信号を得る事ができる。
このようにすれば、電波を使うレーダーでも光を使って観測するのと同じくらいの解像度の画像を生成することが可能になる。「合成開口レーダー(synthetic aperture radar : SAR)」という技術だ。
電波で宇宙から地中を覗く
衛星に積むSARは、大気と雲を透過すること、あまり周波数が高くないこと(周波数が高いと技術的に回路を構成するのが難しくなる)という条件から、周波数1GHzから12GHzの電波が使われている。周波数帯の区分でいえば、Lバンド、Lバンド、Xバンドに相当する。
SARを使えば、光学センサーでは得られないデータを取得できる。まず、太陽光を使って観測する衛星は地表が昼でなければ観測できないが、SARなら夜の闇をライトで照らすのと同じで 、地表が夜でも画像を得ることができる。
加えて、波長の比較的長いLバンド(1〜2GHz帯)のレーダーは地中まで浸透するので、地下の水脈や地質構造を調べることもできる。また、地表に繁茂する植物の葉っぱを透過して下の地表で反射するので、植生に影響されずに地形を観測することができる。
これがもう少し波長の短いCバンド(4〜8GHz)の電波だと、植生の枝で反射する。もっと波長の短いXバンド(9〜12GHz)だと葉っぱで反射する。周波数を変えれば、見えてくる対象も変わってくるわけだ。
アメリカは月の地下構造を調べようとし、ソ連は金星を観測した
SAR技術の基礎研究は1950年代のアメリカで始まった。宇宙に最初に打ち上げられたSARは、アポロ計画の最後を締めくくったアポロ17号(1972年12月打ち上げ)に搭載された月面レーダー 「ALSE (Apollo Lunar Sounder Experiment)」だ。電波が地下に浸透する性質を利用して、月の地下構造を調べるのに用いられた。
地球観測を目的とした世界初のSAR衛星は、米航空宇宙局(NASA)の「シーサット(SEASAT)」だ。同衛星は、「アーツ」(ランドサット1)に遅れること6年、1978年6月28日に打ち上げられた。主目的はその名の通り全世界的な海洋観測で、その一環として波や海氷の状態を観測する為のSARを搭載していた。SEASATのSARは、解像度25mの画像を得ることができた。
SEASATは衛星寿命1年で設計されていた。しかし、電源に故障が発生し、実際には打ち上げから105日で機能を停止してしまった。が、その間に得られたSAR画像は、事前の予想以上のものだった。SAR画像からは海洋全域での波の高さや波長、方向の分布データが得られた。それだけではなく、海岸地域の観測から、陸上の観測にもSARが有効であることが分かった。
SEASATの成果を受けて、NASAはスペースシャトルに搭載するSARを開発。1981年のシャトル2回目の飛行「STS-2」に最初のモデル「SAR-A」を搭載して観測実験を実施した。その後、性能を高めた改良版の「SIR-C/X-SAR」を開発。1994年に2回の飛行を実施している。 SIR-C/X-SARはさらに改造され、2000年2月のシャトル飛行「STS-99」では北緯60°から南緯56°までの地上の3次元地形データを計測する「Shuttle Radar Topography Mission (SRTM) 」に使われた。
一方、旧ソ連はSARを、ぶ厚い雲に覆われた金星の観測に使用した。1983年6月に打ち上げた同国の2機の金星探査機「ヴェネラ15/16号」は、搭載したSARを使って史上初の金星の地形観測を実施した。米国も1989年5月に打ち上げた金星探査機「マジェラン」にSARを搭載し、より精密な金星の地形図を作成した。
宇宙から資源を発見できるか
1980年代半ばになると、宇宙開発を行う世界各国はアメリカに追従してSAR衛星の開発に着手した。
欧州では、ドイツ(西ドイ ツ)が主導してSARの開発に着手した。狙いは、全地球的な環境データの取得だ。1991年7月にCバントSARと海面の高さを測るレーダー高度計、さらに赤外線からマイクロ波にかけての電磁波で海面や海表面、雲などの温度を測定する赤外・マイクロ波放射計を搭載した地球観測衛星「ERS-1」を打ち上げた。その後、ドイツは継続的にSAR衛星の研究と開発を進め、その用途を開拓していくことになる。
カナダは、極域の海氷分布の調査にターゲットを絞り、SAR衛星を開発した。1995年11月に最初のSAR衛星「レーダーサット1」を打ち上げ、その後も後継衛星を打ち上げ続け、観測を継続している。
日本は、通商産業省(現経済産業省)が主体にになってSARの開発に参入した。名目は資源探査だ。植生を透かして地形を見るというSARの特徴を生かし、鉱物資源を見分ける赤外線光学センサーを組み合わせて、宇宙からの資源探査を行うという名目で、予算を獲得したのである。
その背景には、科学技術庁(現文部科学省)が、ランドサットを追って光学センサーを搭載した衛星の開発に着手していたことがあった。通産省は1970年代から宇宙分野への権限拡大を狙っていたが、そのための名目として科技庁とバッティングせず、かつ傘下に資源エネルギー庁を持つので、本来業務の一環という名目の立つSARを技術開発項目に選んだのである。日本初のSAR衛星「ふよう1号」(JERS-1)は2月に打ち上げられ、1998年10月まで6年半運用された。得られたSAR技術は、その後地球観測衛星「だいち」シリーズに引き継がれていくことになる。
多くの国が競ってSAR衛星を打ち上げる事情
このような科学、民生用途の開拓と並行して、軍事・安全保障面でのSAR利用も進んでいった。夜間でも観測可能というSARの特徴は、迅速な軍事情報収集に向いている。特に、海面と艦艇との電波反射率の違いを使った船舶の検出は、艦隊の現在位置及びその行動を特定できるので、利用価値が高い。現代の高分解能のSARならば、単に艦艇がいる/いないだけではなく、艦船の種類まで特定可能だ。
アメリカは1988年から2005年にかけて、SARを搭載した大型の偵察衛星「ラクロス」を5機打ち上げた。その後も、機密の壁の向こうでSAR衛星の打ち上げを続けている模様だ。欧州ではドイツが2006年から2008年にかけて、SAR偵察衛星「SAR-Lupe」 を5機打ち上げて運用した。2022年からは後継衛星システム「SARah」を開始している。また、イタリアも軍民両用のSAR衛星「Cosmo-SkyMed」を開発し、2007年から2010年にかけて4機の衛星を打ち上げて運用している。
中国は、地球観測衛星の名目で、2006年以降100機を越える「遙感」という名称の衛星シリーズを打ち上げているが、これは光学衛星、SAR衛星、電波を傍受するエリント衛星から構成される軍事偵察衛星だと西側アナリストは分析している。
日本もまた2003年以降、光学衛星とSAR衛星とで構成される偵察衛星システム「情報収集衛星(IGS)」を継続的に打ち上げている。2022年7月までに技術試験衛星を含め18機が打ち上げられ(うち2機が打ち上げ時の事故で喪失)、このうち8機がSAR衛星だった。
SAR衛星に対する需要はその他の国でも小さくない。インドは、2009年以降、自然環境監視と災害対策を目的としたSAR衛星「RISAT」シリーズを打ち上げている。これまでに3機を打ち上げ、運用した。1機毎にSARの使用周波数を変えてきていることから、データ利用分野の開拓に力を入れていると推定される。
イスラエルは1988年以降、偵察衛星「オフェク」シリーズを11機打ち上げている。このうち2014年に打ち上げた「オフェク10」が、SAR衛星だ。この他にSARの技術試験衛星と思われる「TecSAR」という衛星を2008年に打ち上げている。この衛星は「オフェク8」相当と推定されており、実際公式のナンバリングでは「オフェク8」は欠番になっている。
韓国は、1999年から技術試験衛星「アリラン」シリーズの打ち上げを開始した。アリランの開発目的は地球観測技術の習得で、「アリラン1」「同2」「同3」「同3A」は光学センサーを搭載していた。その次の衛星は「4」を飛ばして「アリラン5」という名称で、2013年に打ち上げられた。同衛星は韓国初のSAR衛星。現在開発中の「アリラン6」もSARを搭載している。
シンガポールは2022年6月30日、インドのPSLVロケットを使って、2機の地球観測衛星「DS-EO」「NeuAR」を打ち上げた。DS-EOは光学衛星で、NeuARは同国初のSAR衛星である。
ベトナムは、2020年に日本のNECからSAR衛星「LOTUSat-1」を購入した。同衛星は2022〜23年の打ち上げを予定している。
この他にも、トルコ、サウジアラビア、アラブ首長国連邦などがSAR技術に興味を示している。
国の安全に欠かせない技術
先進国だけではなく発展途上国・新興国もSAR技術の興味を示したり、SAR衛星の保有と運用を目指したりするのには2つの理由がある。ひとつが国土の管理、もうひとつが安全保障だ。SARは、光学センサーよりも地形を観測するのに向いている。土砂崩れや洪水による河川の流れの変化など、自然災害による地形の 変化をいち早く定量的に観測することができるのだ。今現在の国土がどうなっているのかの把握は、国土管理のための第一歩である。同時に、夜間も観測可能で、かつ洋上の船舶の監視もできるSAR衛星は、安全保障面でも有用だ。
このようにSARは、まず科学観測で先行して使用され、続いて地形観測、地球環境監視、安全保障などで用途を広げてきた。が、このレベルではまだ民間がどんどんデータを利用するまでにはならない。
SARは官需でしか使い道がないのか——この流れが変わってきたのは、2010年代に入ってからだった。
参照リンク
大気の窓:https://astro-dic.jp/atmospheric-window/
ALSE (Apollo Lunar Sounder Experiment):https://www.lpi.usra.edu/lunar/missions/apollo/apollo_17/experiments/lse/
SEASAT:https://www.jpl.nasa.gov/missions/seasat
ふよう1号:https://www.jaxa.jp/projects/sat/jers1/index_j.html
SAR-Lupe:https://www.ohb-system.de/sar-lupe-english.html
アリラン5:https://directory.eoportal.org/web/eoportal/satellite-missions/k/kompsat-5