人工衛星の最低条件とは
最初に質問。人工衛星とはどんなものでしょうか。
世間には様々な情報が溢れているので、人工衛星といってなにも思い浮かばないという人は少ないだろう。なにか太陽電池パドルを拡げた姿や、くるくると回っているものとか、パラボラアンテナを地球に向けているところとか、色々なイメージを思い浮かべるはずだ。
ではその本質はなにか。
なにか宇宙に物体が浮かんでいる。それだけでは衛星ではない。では 、それが人の手の加わった人工物体ならいいのか。いや、そうでもない。宇宙空間にあるだけなら、そもそも道具としての意味がない。
最低でも、「地球と情報を交換できる」ことが、衛星の最低条件となる。
一番簡単な衛星は、ミラー衛星だ。表面が鏡になっていて光や電波を反射する。地表から照射して、その反射波を受け取るというものだ。
世界初の通信衛星「エコー」(1960年5月打ち上げ)は直径30mの風船だった。電子装置は一切搭載していないが、表面が金属でコーティングしてあって電波を反射する。地上から送った電波を反射し、反射波を別の場所で受信することで通信衛星として使用できる。受動型通信衛星とよばれる形式だ。
この手の衛星としては、測地衛星というものもある。光を入射した方向に反射する特殊なミラーやプリズムを表面にびっしりと並べた衛星だ。地上からレーザー光線で照射すると反射し、照射した場所に送り返す。レーザー光発射と受光の時間差から、地表と衛星との距離が測定できる。正確な軌道が分かっていれば、この距離から、地上の特定の場所の正確な位置や地球の形状などを高精度で測定することができる。日本も1986年に打ち上げた「あじさい」という測地衛星を今も運用している。基本的に壊れる部分がないので、いつまででも運用できるわけだ。
地表ともっと複雑な情報の交換をしたいとなると、衛星側に送信機、受信機、アンテナ、電源といったものを搭載することになる。一番簡単な情報として衛星地震の温度や、回路の電圧電流といったものを送るなら、相応のセンサーも必要となる。一歩進んで地表を撮影したければカメラと画像情報を処理する回路が必要だ。「送られてきた微弱な電波を増幅して送り返したい」ならば、増幅回路を載せることになる。
宇宙環境に耐えうるスマートフォン
それやこれや考えてみると、衛星の機能とは、ほぼ携帯電話・ないしはスマートフォンと同じということに気が付く。携帯電話・スマートフォンは、電源のバッテリーを積み、双方向の通信機能は付いているし、カメラのようなセンサーも搭載している。もちろん衛星にはテンキーやタッチディスプレイのようなヒューマン・インタフェースは不要だ。だから、衛星とは「ガワを剥いてキーとディスプレイを外した携帯電話・スマートフォン」と同じということになる。
携帯機器だから当然片手で持つ事ができる大きさだ。つまり衛星は、片手サイズまで小さくできるのである。
もちろん実際には、そんなに簡単な話ではない。
宇宙空間は過酷な世界だ。太陽光が当たる面は、太陽表面からの放射温度6000℃にあぶられてどんどん温度が上がる。逆に当たらない面は、絶 対温度3Kの宇宙背景輻射でどんどん冷えていく。さらには大陽からは放射線が飛んでくるし、地球の磁場を離れれば、外宇宙からの非常に強い放射線にもさらされる。
最初に突破しなければいけないのは、温度の問題だ。太陽からのあつあつ、外宇宙へのひえひえをうまくコントロールして、衛星内部を適切な温度に制御しないといけない。温度変化に最も弱い部品はバッテリーだ。バッテリーは化学反応で電気を取り出す。化学反応は温度で反応速度が変化する。また、電解質の媒質として基本的に液体を使うので、過熱・過冷却で媒質が蒸発・凝固してしまうようなことになれば、バッテリーは簡単に壊れてしまう。
長く稼働させたいなら、放射線対策も必須だ。放射線は電子回路の電荷に作用して、0を1に反転させてシステムエラーを発生させる。エラーを訂正できる回路を組んだり、システムダウンを起こした場合に確実にリセットをかけられるように工夫する必要がある。また太陽電池は放射線で劣化する。劣化対策も必要だ。
世界初のアマチュア無線衛星は宇宙から笑い声を発信しつづけた
ここまで書くと気にならないだろうか。
衛星はいったいどこまで小さくできるのか——。
歴史的に小型衛星のルーツを遡っていくと、アマチュア無線愛好家が製造したアマチュア無線衛星に行き着く。世界初のアマチュア無線衛星「オスカー1」は、カリフォルニアのアマチュア無線愛好家達が結成した同人団体「プロジェクト・オスカー」が開発・製造し、1961年12月12日に米空軍の「ソー・アジェナB」ロケットで打ち上げられた。ちなみに、この時の主ペイロー ドは米空軍と国家偵察局(NRO)の偵察衛星「ディスカバラー36」だ。「オスカー1」はソー・アジェナBの余った打ち上げ能力を利用して、国家機密の保護対象だったディスカバラー36とまとめて打ち上げられたのである。アメリカという国は、問題がないと判断すると機密、機密と国家権力を振りまわすことなく、アマチュア無線家のような一般市民に対しても柔軟な対応をする一例である。もちろんそこには「一般市民でも宇宙開発に参加できる社会体制」を冷戦で対峙するソ連に対して誇示するという目的もあったわけだ。
オスカー1は、重量4.5kg。144MHzのアマチュア無線帯域で、モールス信号の「hi」(hihihiと繰り返すことで笑いという意味になる)。を繰り返し送信するだけの衛星だった。太陽電池は持たず、一次電池だけで動作する。打ち上げ後3週間、宇宙から「hihihihi……」と笑いを送信し続けた。全世界のアマチュア無線愛好家はそれを受信して、プロジェクト・オスカーに受信レポートを送った。
その後アメリカのアマチュア無線衛星は「オスカー2」「同3」「同4」と発展し、機能も強化されてアマチュア無線向けの通信衛星となっていく。やがて、その他の国でもアマチュア無線衛星の開発が始まる。日本では日本アマチュア無線連盟(JARL)が最初のアマチュア無線衛星「ふじ1号」を宇宙開発事業団(NASDA)の「H-I」ロケット初号機に乗せて打ち上げている。その後JARLは、1996年打ち上げの「ふじ3号」まで3機のアマチュア無線衛星を地球周回軌道に送り込んだ。
これらの衛星はだいたい50kg程度の大きさがあった。1980年代までは、ほぼこの大きさが小型衛星の標準だったのだ。
学生が超小型衛星を打ち上げて運用しはじめた
このようなサイズの衛星のビジネス面での利用価値にいち早く気が付き、技術開発と商用化を進めたのはイギリス・サリー大学のマーチン・スウィーティング教授だった。同教授は1985年に学内ベンチャーのサリー・サテライト・テクノロジー(SSTL)を立ち上げて、衛星開発・製造・販売のビジネス化を図った。SSTLが市場としたのは、衛星技術や衛星利用インフラが欲しいが、大きな衛星を買う資金力がない発展途上国の政府だった。留学生を受け入れて技術移転すると同時に、衛星を販売して利益を上げるというビジネスモデルだ。SSTLはその後より大型の衛星の開発に進出し、2008年には欧州EADSアストリウム社(現エアバスグループ)の子会社となり、現在もビジネスを継続している。
10kg〜50kg程度の小型衛星が、ビジネスになることをSSTLは証明した。
が、それはまだ小型化の本命ではなかったのである。
1998年、米スタンフォード大学航空宇宙工学部のロバート・トゥイッグス教授は、理工科学生の教育プログラムとして、一辺10cm角の立方体で重量1kgの超小型衛星を、学生主導で開発し、実際に打ち上げて運用するというプログラムを提唱した。世界的に衛星の利用が一般化した1990年代、世界の大学理工学教育の中では、「実際に衛星を開発する能力のある人材をどのようにして育成するか」という課題が浮上していた。これに対して同教授は「学生自身がうんと小さな衛星を実際に作って運用する」という解を提示したわけである。この衛星コンセプトを、同教授は「キューブサット(CubeSat)」と命名した。
トウィッグス教授の提案に、世界中の大学が呼応してキューブサットの開発を始めた。日本でも東京大学・大学院工学系研究科の中須賀真一教授と、東京工業大学工学院の松永三郎教授の研究室が、それぞれキューブサットの開発に参加した。
2003年6月30日、最初のキューブサットが、ロシアのプレセツク射場から「ロコット」ロケットで打ち上げられた。この打ち上げは小型衛星12機を同時に打ち上げるという形態だったが、このうち9機が世界各国の大学が開発したキューブサットだった。この中には、東大・中須賀研究室の「XI-IV」、東工大・松永研究室の「CUTE-I」も含まれていた。打ち上げは成功し、これらのキューブサットは大学が、学生自ら衛星を開発して運用するというプログラムが実際に可能であることを実証した。これにより、世界中でキューブサットを開発する大学が増えた。
拡張性に富んだキューブサットが参入障壁を押し下げた
実際、このキューブサットというコンセプトは大変に優れたものだった。衛星を打ち上げるには衛星をロケットに固定し、適切なタイミングで放出するアダプターが必要だ。キューブサットは大きさが決まっているので、1度設計したアダプターを他の衛星でも使用できた。立方体は隙間を空けずに搭載可能なので、3個、6個を同時に搭載し、放出するアダプターも開発された。後続の者はすでに実績のあるアダプターを利用できるので、その分、衛星本体の開発に集中することができる。
また、キューブサットは拡張性に富んでいた。10cm角の立方体を基準にして、それを並べていくことで、容易により大きな衛星を開発することができる。すぐに、10cm角立方体は「1U」と呼ばれ、すぐに2つ並べた「2U」あるいは3つならべた「3U」。2×3の6個ならべた「6U」などのキューブサットが開発されるようになった。これらの衛星もまた、同じキューブサット用打ち上げアダプター を使えた。
なによりもキューブサットはその小ささ故に、開発費が安かった。安いために失敗した時のダメージも小さい。だから、いままで宇宙で使った実績がない、先進的な技術も思い切って採用することができる。安いから参入も容易だ。大学だけではなく、企業や地方自治体、さらには私的な有志が集まった同人団体などがキューブサットの開発にどんどん入ってきた。プレーヤーが増えることで打ち上げ機会も増え、打ち上げ機会が増えることで、またプレーヤーが増える。プレーヤーが増えて様々な技術開発を行い、新たな技術を宇宙で使うことで、キューブサットにできることはどんどん増えていった。
そのうちに、キューブサットで、宇宙ビジネスの展開を目指すベンチャーが出現するのは必然だったと言えるだろう。
「時間分解能」を上げて地球観測をビジネス化する
プラネット・ラボは、2010年に米航空宇宙局(NASA)出身の3人の科学者によって設立された。彼らは「地球観測をビジネスにするには、得られるデータの高分解能化とは別に、“時間分解能を上げる”という突破口がある」と考えていた。時間分解能を上げる——おなじ場所を数日とか数十日に1回観測するのではなく、1日1回、あるいは1日数回以上観測するという行き方だ。
1機の衛星では、観測機会は限られる。1日1回以上の観測には多数の地球観測衛星を打ち上げて運用する必要がある。これまでのような数百kgから数トンもの地球観測衛星では、それだけの数の衛星を打ち上げるには大変な投資を必要とする。だが、キュ ーブサットならどうか——ずっと安価に多数の衛星を軌道上に配備できるのではないか。
彼らは、10cm×10cm×30cmの3Uキューブサットサイズの地球観測衛星の開発を始めた。それ自体が望遠レンズの鏡筒になっているような衛星だ。地上分解能は投入軌道にもよるが、3〜5m程度。この衛星は「Dove(鳩)」と命名された。
Doveは数十機で1つの群を形成する。この群を「Flock(鳥の群れ)」という。Flockは衛星の世代別に「Flock1」「同2」という番号で呼ばれ、打ち上げ機会ごとに、例えば「Flock1c」「同1d」のように末尾のアルファベットで区別される(アルファベットは必ずしもabc順ではなく、プラネット・ラボは命名基準を公開していない)。複数のFlockで、最終的には数百機以上のDoveの衛星コンステレーションを形成し、地球上の任意の地点を1日1回以上撮影することを目標とした。
最初のDove衛星は、2013年に打ち上げられた。その後急速に打ち上げを進めて、これまでに4世代約500機のDoveを打ち上げ、2022年6月現在、そのうちの200機あまりが稼働し、1日1回以上の撮影を実現している。
さらに同社は2017年に、Doveよりは大きいが十分に小型衛星と呼びうる100kg級の衛星「スカイサット」で同様の衛星コンステレーションを構築しようとしていたテラ・ベラ社を買収した。スカイサットは第1世代衛星が分解能1m、第2世代衛星が分解能50cmの能力を持つ。2022年6月現在、プラネット・ラボはFlockと同時に21機のスカイサットも軌道上で運用している。Flockで高頻度観測を行い、必要に応じてスカイサットで高分解能観測も実施するという体制である。
地球観測をビジネス化する突破口は、数kgの小さな衛星にあったのであった。
参照リンク
Project Echo:https://www.nasa.gov/centers/langley/about/project-echo.html
測地実験衛星「あじさい」(EGS):https://www.jaxa.jp/projects/sat/egs/index_j.html
OSCAR-1:http://www.arrl.org/files/file/Technology/Bilsing.pdf
日本のアマチュア無線衛星:
https://www.jarl.org/Japanese/7_Technical/satellite/japanese-amateur-satellite.htm
Surrey Satellite Technology Ltd.:https://www.sstl.co.uk/
Planet Labs:https://www.planet.com/