大阪・関西万博はSociety5.0の格好の実験場となる
万博思考をめぐる考察も3回目となる。最終回となる今回は、開幕まであと3年弱と迫ってきた大阪・関西万博(正式名称:日本国際博覧会2025)を取り上げたい。2025年に大阪で開催される登録博(旧一般博)としては1970年の大阪万博以来55年ぶり2度目、認定博(旧特別博)まで含めれば、1990年の花博(国際花と緑の博覧会)以来35年ぶり3度目の万博となる。この万博については、現時点では未定もしくは不明な点が多いためその事業イメージを具体的に思い描くことは難しいが、ここではすでに決定・公表されている情報を基にその「万博思考」の可能性を探ってみよう。
まずテーマだが、大阪・関西万博のテーマは「いのちかがやく未来社会のデザイン/designing future society for our lives」というもので、このメインテーマの下に
1. いのちをすくう/saving lives
2. いのちに力を与える/empowering lives
3. いのちをつなぐ/connecting lives
という3つのサブテーマが設定されている。
また、このテーマを支えるコンセプトは「未来社会の実験場/people’s living love」というもので、
1. 展示をみるだけでなく、世界80億人がアイデアを交換し、未来社会を「共創」(co-create)。
2. 万博開催前から、世界中の課題やソリューションを共有できるオンラインプラットフォームを立ち上げ。
3. 人類共通の課題解決に向け、先端技術など世界の英知を集め、新たなアイデアを創造・発信する場に。
の3つの到達目標が掲げられている。
このようなテーマを掲げた理由として、主催者は、1.SDGs達成への貢献、2.日本の国家戦略Society5.0の実現の2つを挙げている。
SDGsは2030年までの時限目標だが、2025年という大阪・関西万博の開催時期はその達成度を測定する上でまたとない指標となるだろうし、また多くのIoT、AI、ロボティクス、ビッグデータ等が動員される万博は狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に次ぐSociety5.0の格好の実験場ともなるだろう。コロナウイルスの猛威によって「いのち」の在り方が厳しく問われた昨今、今回のテーマが21世紀の課題解決型万博にうってつけであることは確かだが、いうまでもなく問題はその次、このテーマに即していかなるソリューションが示されるのかということにある。
夢洲会場は実験場にふさわしい人工的な環境
では、この万博が開催される会場はいかなる場所なのだろうか。今回の万博でメイン会場となる夢洲は、大阪港の北部に位置する3つの埋立島の1つである。近隣の展望台から会場予定地を見下ろしたことがあるが、いかにも実験場にふさわしい人工的な環境だ。
夢洲が北港南地区として造成が始まったのは1977年、当初は残土や廃棄物を捨てるための処分場、かつての夢の島のような場所だった。
1983年、大阪市が市政100周年記念事業として「テクノポート大阪計画」を発表、ウォーターフロントの有効活用を打ち出したことによって北港南地区にもスポットが当てられ、夢洲という名が与えられた(同時に開発が進められていた北港北地区は舞洲に、南港地区は咲洲と改名される)。先端技術の集積 地をテクノポールと呼ぶが、テクノポートはそれを港湾になぞらえた造語だろう。「世界に開かれた高度情報都市」をうたったテクノポートは「高度情報通信ゾーン」「ハイテク企業の研究ゾーン」「国際取引・総合物流・国際交流ゾーン」に区分され、そのなかに「文化・レクリエーション・居住機能」も設けられることになっていた。
テクノポートの象徴として建設されたのが大阪ワールドトレードセンタービル(WTC)だ。「広大な空間と遠大なプランのもとで育まれ、熟成される21世紀の臨海新都心テクノポール大阪」というキャッチフレーズが喧伝されたが、中心部からのアクセスの悪さなどが影響してテナントの入居が遅々として進まず、大阪府がいくつかの部局を移動して「第二府庁舎」として使用することになったが、現在にいたるまで多くの空き部屋を抱えたままである。
同時に竣工した「アジア太平洋トレードセンター」(ATC)も、当初の目標であった国際卸売センターとしての機能は果たせず、ありふれた複合型商業施設となってしまった。また、2008年に大阪が「史上初の海上五輪」を謳って夏季オリンピックに立候補した時にはメイン会場として想定されていたが、結果は惨敗で招致は実現しなかった。その後、大阪が目標を万博に切り替えたことに伴いそのメイン会場として白羽の矢が立てられ、今度は何とか招致にこぎ着けた。しばしば1970年大阪万博と対比される2025年大阪・関西万博だが、招致の経緯はむしろ2005年の愛・地球博に類似している。
仮初の国際情報都市、出現なるか
次に会場計画を見てみよう。今回の万博は、この会場をグリーンワールド、パビリオンワールド、ウォーターワールドの3つに分割して開催する予定である。グリーンワールド(42.9ha)は屋外イベントやエントランス広場などの緑地エリア、パビリオンワールド(65.7ha)は各国や企業のパビリオンが集まるメインエリアで、ウォーターエリア(47.0ha)は水景を生かしたエリアで水上イベントなどに活用される予定とのこと。パビリオンワールドの導線をリング状の大屋根で覆うアイデアは、70年大阪万博のお祭り広場からの着想だろう。
会場を3つに分割するというアイデアは、直近のドバイ万博とも共通している。ドバイ万博は2021年10月~2022年3月にかけて、コロナ禍による1年延期の末UAEの首都ドバイで開催された。残念ながら足を運ぶことがかなわなかったこの万博のテーマは「心をつなぎ、未来を創る/connecting the mind and creating the future」というもので、その下に流動性mobility、機会opportunity、持続可能性sustainabilityという3つのサブテーマを設けており、会場は3つのサブテーマに応じて整然とゾーニングされていた。
大阪・関西万博の会場計画も、大枠としてはこれに倣ったものと言える。テー マが一部重複している以上、部分的な類似は当然ともいえるが、ドバイ万博の会場面積が438haであったのに対し、大阪関西万博の会場面積は155.6haとおよそ3分の1しかないなど、広さに関しては大きな違いがある。人口島の狭さがそもそもの原因とは言え、この会場面積は、70年大阪万博の会場である千里丘陵の330haと比べても半分以下であり、特別博の花博会場であった鶴見緑地の122haとも大差ない。ウクライナ侵攻の影響でロシアやベラルーシなどの除外が決定しているとはいえ、参加国数が70年大阪万博の77カ国を大きく上回ることは確実であり、会場はコンパクトシティとしての緻密な立地計画が求められるだろう。
ちなみに、ドバイ万博の会場は万博終了から半年後に「District2020」として再オープンし、約14万5千人が居住する商業・住居地区へと転用されることになっており、既存の施設の約8割を残すとのことで、「スクラップ・アンド・ビルド」からの転換が図られることになった。他方、大阪関西万博に関しては、大阪市が誘致を進める統合型リゾート(IR)予定区域が隣接していることはよく報道されるものの、肝心の会場跡地の利用法に関しては情報が乏しく、どの程度検討が進んでいるのか明らかではない。テクノポート計画が提唱された時点で、夢洲には以下のような未来像が想定されていた。
大阪が21世紀に向かって活力と魅力ある国際情報都市として発展してゆくため、臨海部の広大な土地(南港及び北港)に先端的かつ高次の都市機能を先行的に集積させることによって、近畿・大阪都市圏の発展をリードしていく拠点としての街づくり行うもので、事業完成時には昼間人口 約20万人の都市が出現する(『大阪市主要プロジェクト集』)
その後の歩みが全く異なるものであったことは、既に述べた通りだ。夢洲の開発の歴史は順調とは言い難かったが、万博の招致によって、ようやく仮初の国際情報都市が出現することになるのだろうか。
「いのち輝く未来社会のデザイン」は過去の万博を参照せよ
課題解決型万博としての大阪関西万博の大きな特徴として、「いのちの輝きプロジェクト」と題して、8名のプロデューサーがテーマである「いのち輝く未来社会のデザイン」に対応した8つのシグネーチャー・パビリオンが設けられ、リアル/ヴァーチャルの両面で展開されることが挙げられる。8人のプロデューサーとテーマ、パビリオン名は以下の通り。
いのちを知る 福岡伸一(生物学者) いのち動的平衡/I am You
いのちを育む 河森正治(アニメ監督) LIVE EARTH+SPACE LIFE
いのちを守る 河瀨直美(映画監督) いのちのあかし
いのちをつむぐ 小山薫堂(放送作家) EARTH MART
いのちを広げる 石黒浩(ロボット工学者) いのちの未来
いのちを高める 中島さち子(音楽家、教育家) いのちの遊び場 クラゲ館
いのちを磨く 落合陽一(アーティスト) null²
いのちを響き合わせる 宮田裕章 co-being
個々のパビリオンの出展内容について、もちろん現時点では明らかになっていないが、プロデューサーの1人小山薫堂は、インタビューの中で、自らのパビリオンで「食」を扱うことに言及しながら、
〈いただきます〉という言葉に込められているのは作った方に対する敬意、 他者をおもんぱかる心と、自然に感謝する心、そしていま生きていることへの感謝でもあると思います。今日も生かしていただいてありがとうございます、私が生きるためにいただきますということですね。他者をおもんぱかるという日本人の最も大切にすべき精神性であり、いまの時代に必要なことだと思います。これを食を通して世界に伝えたい。
と述べている。2015年のミラノ万博で、日本館パビリオンは「おもてなし」をテーマとした日本食の展示を行い、展示デザイン部門の金賞を受賞するなどの好評を博した。小山はミラノ万博日本館サポーターの1人としても名を連ねており、このコメントは明らかに当時の展示を踏まえたものだろう。食は「いのち」に不可欠な要素であるため、食をテーマとした過去の万博課題解決のヒントを求めることはもちろん悪いことではない。個人的には、他のプロデューサーにも課題解決のためにぜひ過去の万博を参照してほしいと考えている。
「進化思考」としての「万博思考」
いずれにせよ、今回の万博のテーマ、およびすべてのサブテーマには「いのち」という言葉が含まれており、参加国家や企業はそれをいかに解釈し、回答を提示するのかが問われることになる。具体的には少子高齢化社会におけるライフデザイン、最新の医療技術、サステナブルな環境、快適なトランスポーテーション等々の展示が想定されるが、これらをいかにして「いのち」と関連づけるのか、ソリューションの提示のた めに様々な知見が導入されることになるだろう。
その点で大いに参考になりそうなのが、太刀川英輔の『進化思考』(海士の風 2021年)である。太刀川は近年各方面で注目を集めるデザインストラテジストで、日本館パビリオンの基本構想の策定にも関わっている。要するに、日本館パビリオンには彼のアイデアも取り入れられることになるわけだが、実際の展示は後日自らの眼で確かめることにして、ここでは2021年に大きな反響を呼んだ彼の著書『進化思考』を一瞥して、そのアイデアの一端に触れておこう。
同書はもともと海外からの輸入概念であるデザイン思考を独自の視点で再構成し、デザインの進化を進化論のアナロジーによって明らかにしようとした意欲作である。進化論とは文字通り生命組織のメカニズムを解明するための推論であるため、「いのち」をテーマとした今回の万博におけるデザインを考える上でも、大いに有益だ。同書の内容は非常に多岐にわたるためここでは到底紹介しきれないので、「万博思考」という観点からいくつ かの論点に絞って取り上げよう。
同書の議論の出発点は、もちろんダーウィン以降の進化論である。その過程は、以下の4つの現象を前提としている。
1. 変異によるエラー:生物は、遺伝するときに個体の変異を繰り返す
2. 自然選択と適応:自然のふるいによって、適応性の高い個体が残りやすい
3. 形態の進化:世代を繰り返すと、細部まで適応した形態に行き着く
4. 種の分化:住む場所や生存戦略の違いが発生すると、種が分化していく
この4つの過程から導かれる進化論のエッセンスは、「変異」と「適応」ということになるだろう。煎じ詰めれば、進化とは通常から変異した個体が出現し、環境に適応しようとした現象の総称であるからだ。太刀川は、それをデザインの思考として以下のように読み替えることを提唱する。
変異の思考:偶発的なアイデアを大量に生み出す発想手法
適応の思考:適応状況を理解する生物学的なリサーチ手法
「変異」と「適応」がこれほどデザインの手法と整合するとは、なんとも目から鱗の落ちる思いがする。
太刀川がその次に注目する現象が「最適化」である。環境への適応性によってふるいにかけられ、より適応性の高い個体が生き残り、子孫を残していくことは進化の過程で必ず見られる現象だが(上記の区分では、2のみならず3や4にも該当する)、太刀川はこれと同様の現象がデザインにも認められることを指摘し、ミース・ファン・デル・ローエの「Less is more」、リチャード・バックミンスター・フラーの「宇宙船地球号」などの例を挙げている。いずれも無駄をそぎ落としたシンプル極まりないデザインだが、この両者の作例がいずれも過去の万博で披露されていることは、決して偶然ではないだろう。
一方で太刀川は、進化の構造を明らかにするうえで系統樹の重要性を強調する。現在の進化論は系統漸進説と断続平衡説とに大別されるが、太刀川の議論は、明らかに前者の立場に依拠するものだ。系統樹を作成することによって、それぞれのモノが開発された社会背景やその時代へ欲求の適応性を解明できるし、逆説的にある発明が普及しなかった理由も明らかにできるという。例えば、電気自動車の技術自体は古くからあったものの、系統樹のなかに何らかの欠損があったためなかなか普及が進まなかったのが、その部分が満たされたことによって、近年急速にEVシフトが進行したのだ、といった具合に。
SDGsの達成を目標に掲げる今回の万博では、当然エコロジーの問題にもスポットが当てられるだろう。だが、太刀川はエコロジーが本来「あらゆる 生命の繋がり」を明らかにする学問であったことに触れ、その観点からニッチに注目する。現在ではビジネス用語となった感のあるニッチも、実は生命の生存戦略を意味する言葉であり、デザインにも同様のことが当てはまるという。
太刀川は「進化思考」の要諦を以下のように述べている。万博がそれを実現するための様々な「変異」と「適応」の場であることは、繰り返すまでもあるまい。
「進化思考」は、こうした進化論の系譜を受け継ぎ、知の巨人たちの背中に乗って、創造という現象をあらためて解き明かそうという取り組みだ。創造には本質的な構造があるか。それはこたえのない問いだと言われるかもしれない。しかし私は、そこに構造があることを疑わない。ダーウィンが言う通り、変異と適応が繰り返されれば、進化は自然発生する。それと同じように、変異と適応の往復によって、私たちは創造性を発生させられるという考え方が、進化思考だ。そう、進化思考の挑戦は、創造が自然発生するプロセスを解き明かし、多くの人に創造性を伝えられる教育を生み出すことだ。
前進を肯定する多幸症的な「進歩」と、トライ・アンド・エラーが連続する「進化」
「進化思考」という言葉に、70年大阪万博のテーマであった「人類の進歩と調和」と通底する何かを見る者もいるかもしれない。だが、この両者は明確に異なっている。既に述べたように、「進歩」とは高度経済成長を背景に、経済や技術の前進を素直に首肯することのできる直線的にして多幸症的な現象であり、そこに「変異」や「適応」といったニュアンスはほとんど皆無である。それに対して、「進化」とは必然的にその過程に「変異」と「適応」を孕んでおり、実態としてはランダムな変化、トライ・アンド・エラーの連続する現象である。「いのち」をテーマとした2025年万博で検証されるべきは、もちろん「進化」を実現するための実験であろう。
一方で、今回の万博のテーマである「いのち」は一人一人が人生を充足できることを目標としたものであるが、敢えて70年大阪万博にこだわるなら、その先駆は「人類の進歩と調和」の「調和」の方に認められる。「進歩」の陰に隠れがちだが、未来社会の楽観視を戒める視点は、半世紀前の時点でかろうじて存在していたのだし、であれば、それは当然今後も継承し、さらに「進化」させていく必要がある。「いのち」をめぐる様々な実験の舞台は、もう3年後まで迫っている。
参考文献
『大阪 都市の記憶を掘り起こす』加藤政洋(筑摩書房 2019年)
『大阪市主要プロジェクト集』(大阪市都市協会 1990年)
『進化思考 生き残るコンセプトを作る「変異と適応」』太刀川英輔(海士の風 2021年)
【朝日新聞デジタル】大阪万博、レガシーは残るか 開幕まで3年、姿見えない跡地利用(2022年4月14日)
【オレンジ・アンド・パートナーズ】いのち輝く未来社会のデザイン 「いのちをつぐむ」とは?