松村秀一

松村秀一

奈良の興福寺。寺の歴史は大化元年(645年)に藤原鎌足が釈迦三尊像を造立したことに始まる。五重塔は五回の消失・再建を経ている。現在のものは1426年(応永33年)ごろに建てられた。右に伸びるロープは避雷針。

(写真:佐藤秀明

ものづくり人の世界こそが文化の基層である

DXにおいて重要なのは、既存の文化を尊重し利便性との折り合いをつけていくことである。何も、不要なものまで無理矢理にデジタル化する必要はないのだ。Modern Timesでは折り合いをつける方法というのは和文化のなかに見いだせるのではないかという仮説を持っている。「和洋折衷」という言葉があるほど、和は何かを程よく取り混ぜることに長けているからだ。しかし一方で和の文化は日常のメインストリームから追いやられつつある。このままではこの地で培われてきた叡智が力を失ってしまう。
この連載では『和室学』の作者である松村秀一氏による和の文化の考察を紹介するとともに、和が力を取り戻すために必要な「基層」について考えていきたい。

Updated by Shuichi Matsumura on January, 24, 2022, 0:00 pm JST

豊かな「ものづくり未来人」へ

本連載で考えようとしているのは、この私たちの文化の基層、ものづくり人の世界の未来についてである。
先ほど日本の住宅から和室が消えつつあることに言及したが、実はそれを支えるものづくり人の世界の衰退ぶりにも看過できないものがある。どちらが鶏でどちらが卵かはわからないが、和室だけに関わる畳関係のものづくり人だけではなく、和室に限らず活躍する町場大工や左官のようなものづくり人の世界も衰退しつつあると言わざるを得ない。具体的には、多くの種類のものづくり人の人数とその構成が、明らかな減少傾向と高齢化を示しているのである。このままでは、500年もかかってものづくり人の世界が私たちの文化の基層になってきた感動的な過程のすべてが無に帰してしまう。何とかならないものか。
このことについて多くの関係者がただただ手をこまねいてきたわけではないが、残念なことに、今のところそう誤解されても仕方ないほどに芳しい結果が出ていない。私自身もそうした関係者の一人である。例えば、大工の減少や高齢化に関する対策会議のようなものには、30年以上に亘っていくつも出て発言もしてきた。でも結果が出ていないのである。

これまで議論してきたことを再度拡声器で叫んでみたところで結果は一緒だと思う。私が今注目しているのは、昔ながらのものづくり人の世界に新しいタイプの人が入ってくること。例えば女性。女性の現場監督は随分増えてきたようだが、女性の大工、左官、畳職、建具職等を見かける機会は稀少である。例えば素人。専門化が進む中でプロとアマを明確に区分けする20世紀的な慣行に従えば、素人が職人の仕事場に出入りするなどもってのほかということになってしまうが、趣味としてのDIYの領域と人気は拡大を続けており、素人のポテンシャルは明らかに上がっている。そして例えば外国人。コロナ禍で動きがほぼ止まってしまったままだが、2019年4月に新設され建設業にも適用されることになった「特定技能2号」は事実上在留期限がなく、家族帯同も認められるという画期的なもので、外国から日本のものづくり人の世界に入ろうという方々の人生設計の見通しが格段に立てやすくなることが期待できる。

女性、素人、外国人。おそらく年齢層も様々であろうこれらの人々が、私たちの文化の基層であるものづくり人の世界に入り、その世界をこれまでになく多様で豊かなものにしてくれる。そんな未来に期待したいし、彼ら「ものづくり未来人」の可能性について具体的に考えていきたいと思う。私の専門性から話は建築関係のものづくり未来人に引き付けたものになるだろうが、ものづくり人の世界が文化の基層になっていることは何も建築に限ったことではない。きっと同じような思考が、他の分野でも成立するのだろうと期待しつつ筆を進めていきたい。

記事中に登場した書籍
和室学-世界で日本にしかない空間』 編 松村秀一 服部 岑生(平凡社 2020年)